惚れた弱み

 すり、と、己の体の上を他人の指が這う感触に、緋ヶ谷は息を詰めた。
「ねえ、これなーに」
「あっ…♡ぅ…♡」
 自慢の胸筋…のてっぺんに貼られた薄い絆創膏を、かりかり♡といたずらに剥がすように刺激され、緋ヶ谷は見もだえる。爪の動きが時々ゆるりと乳頭を擦り上げて、もどかしい快感に腰をくねらせた。とっくに陥落した身体を隠すように、あくまでぶっきらぼうに風耶をにらんだ。
「んっ、ふ…♡お、っまえが…いじるせいで…」
「私がいじったせいで、どうなっちゃったんですか」
「……〜〜ッ」
 耳元で囁かれる流麗な声にひくん、と肩を震わせながら、緋ヶ谷は耐えるように唇を噛み締める。魚の骨のように白く、骨ばった男の指先は、依然として緋ヶ谷の豊かな胸元に這い、乳頭を覆う絆創膏にちょっかいをかけている。
「教えてくださいよ、ほら」
 わずかにへなった粘着部分の端をつまみ、剥がすように引っ張られれば、ぴりぴりとした痛みと共に、ぞわりと背中から快楽が駆け上がる。先程から生ぬるい責め苦ばかりで妙に気をやり切れず、強請るまでにはほど遠い態度が緋ヶ谷の喉をついて吐き出される。
「…おまえ、ほんと、性格悪いな…!」
「こんな性格の悪い男に惚れたのは、誰でしたっけ?」
 なんて、ちらり、と肩越しに覗いた美しい男のかんばせが言う。陶器のように真っ白な肌の美形に見つめられて、緋ヶ谷はこれまた複雑そうな顔で肩を竦めた。
「……い、じるならいじるでやれよ……」
「強情ですねえ」
 にこ、とその目元が笑みの形に歪むので、緋ヶ谷はうっと言葉に詰まる。こういう時ばかり、この男は嬉しそうにするのだ。……実際こういう所に惚れたわけだが、それはそれとして、本人に擦られるのはなんか腹立つ。緋ヶ谷はそういう、複雑なお年頃なので。
 そんなことを考えているうちに、風耶の手が絆創膏の端っこを引っ掛けたままぐいっと引き下ろす。
「ぁっ! ぃ……ッ♡」
 ぴんっ、と勢いよく飛び出た桃色の突起に、緋ヶ谷は思わず身をしならせた。冷たい外気に晒されぷっくりと腫れた乳首は赤く色づき、つややかな光沢を放っている。それを見るなり恥ずかしそうに身を竦める緋ヶ谷のことは放っておいて、そろりと風耶がそのあらわになった乳頭を微かに撫でると、やはり絆創膏越しより感度がいいのか、軽く触れるだけで大袈裟なほど緋ヶ谷の肩が震えた。
「……これがやなんだよぉ……」
「さしずめ服にでも擦れて悪化したんでしょう」
 きゅっ♡きゅっ♡と人差し指で優しく押し潰されて、その度にびくっ♡びくっ♡と跳ねる身体を抑えつけながら、緋ヶ谷は眉間にシワを寄せて歯を食い縛る。
「そういうおもちゃみたいですね」
「うるせ……ッひ!?♡」
 不意打ちできゅぅ、っとつねられた乳首から、じんわりと痺れるような快感が広がる。ぎゅっとシーツを握りしめながら目を白黒させる緋ヶ谷を見て、風耶は楽しげに口角を上げた。
「最初はあんなに嫌がってたくせに、すっかり敏感に育っちゃってかわいいですね」
「だ、れのせいで……ッあ"!!♡」
 かりかりっ♡と爪先で引っかかれ、びくびくと震える身体を必死に抑えながら、緋ヶ谷はくぐもった嬌声をあげる。手の甲を口元に押しつけて涙目で風耶を睨むその様子が普段よりも随分幼く見えて、からかうように風耶が含み笑った。
「そんな顔で怒っても怖くないですよ」
「ンッ、ふ……ぅ"〜〜ッ……!♡」
 くりくり、と指で転がされながら、耳元で囁かれて、緋ヶ谷はぞくりと背筋を震わせる。
「ん、んんッ……♡」
「ほんとに私の声すきですね」
「ち、が……」
「違うんですか? じゃあやめちゃいますね」
 あっさりと手を離されてしまい、緋ヶ谷は「あっ……」と名残惜しげな声を漏らす。散々弄ばれた乳首を急に放り出され、切なげに息を吐く緋ヶ谷に、風耶は意地悪く笑いかけた。
「なんですか」
「……なんでもねえよ」
「ほんとに?」
 ぐりっ……♡と親指で両方の乳頭を強く捻られ、緋ヶ谷は「んおッ♡」という間抜けな声とともに背中をしならせた。
「ふふ」
 流麗な声音はそのままに、緋ヶ谷のうしろで、悪魔が笑う。体格で言えば緋ヶ谷の方が頑強で、本当に嫌ならその腕をとっ捕まえて逆に組み敷いてやれるというのに、それを許さないカリスマというか、あのぎらついた金色の目で見つめられたら、抵抗出来ない"凄味"があるのだ。
「ひ、ぅ……♡」
 くにっ、くにっ、と押しつぶすように乳頭を押し込まれ、腰が勝手に揺れてしまう。羞恥心と快楽に苛まれ、じわりと視界が滲んだ。
「もう、そこばっか……やめろよぉ」
「男の体なのに、お胸で気持ちよくなってるのが嫌?」
「そ、ゆことじゃない……!」
「責めが甘くてトびきれない?」
「ッ、…♡」
 ――耳と同時に乳首責めするのをやめろ、性癖が歪む――緋ヶ谷が苦い顔で心の中で吐き捨てている間に、風耶は、「なるほど」と呟いたあと、両手を使って左右の乳首をきつくつまみ上げた。突然の痛みに、緋ヶ谷はぎょっと目を見開く。
「ぃぎッ!?♡」
「確かにそろそろ責めを強くしてもいいかもしれませんね」
 ――緋ヶ谷さんって、これくらいが好きだったんですよね? と囁かれるなり、
 またぎゅうっ♡と強くつねられて、びくん! と緋ヶ谷の身体が跳ねた。
「ぁ"っ! ぃ……ッ♡♡」
「痛くても感じちゃうんですね」
「い、たい……だけ、だっつの…!! ゃめ……っ、あァッ!!♡♡」
 今度はぎりっ、と爪を立てて責められるたび、鋭い痛みと共に、じんわりとした甘い疼きが広がる。ひとしきりいじめた乳頭を宥めるように指先で柔く擽ると、刺激の落差に息を荒らげて緋ヶ谷が僅かに腰をくねらせた。
「私も何も、緋ヶ谷さんを傷つけたくて痛くしてるんじゃないんですよ」
「こうして痛めつけた方が快楽神経が増えやすいので、開発が短期で済みます」
「ん、ぁっ♡♡」
 カリっ♡と先端を引っ掻かれ、びくっ♡と身体が跳ねる。
「だから、ちゃんと我慢してくださいね」
「ッひ……♡♡」
 そう言って、風耶は緋ヶ谷の両乳首の先端をかりかりと引っ掻き始めた。 「あ"、ッ!?♡ぃひっ♡♡」
 爪先で弾かれたり押し込まれたりするたびに、ぴくっ♡ぴくっ♡と反応してしまう身体が恥ずかしくって仕方がない。緋ヶ谷は目を閉じ、唇を噛み締めた。  かりっ♡かりっ♡と何度も執拗に虐められ続け、やがて真っ赤に腫れ上がった両乳首を風耶が指でピンッとはじくと、緋ヶ谷は大きく身体を仰け反らせ、シーツの上で激しく悶えた。
「ァあ"っ……!!♡♡」
「こんなにぷっくり膨れて……えっちなおっぱいになりましたね」
「も…ッ♡言うなよ…ッ」
 耳元で囁く風耶の声に、緋ヶ谷は顔を赤く染めてかぶりを振った。
「でも、開発を進めると大きくなるって話もありますし。貴方にとっても悪い話ではないのでは?」
「ッそれ、どーせ脂肪つくとかだろ…! オレは鍛えてつけたいんだよ」
「ふーん」
 口を尖らせて反論する緋ヶ谷に、やや理解の及ばぬ様子で風耶は首を傾げていたが、すぐに「まあいいか」と呟くと、再び緋ヶ谷の耳に口を寄せた。
「どうします? このまま、お胸の開発しますか? それとももうしちゃいましょうか」
 そう囁く風耶は、答えを急かすように指先で緋ヶ谷の乳頭を引っ張ってぐりぐりと捏ねる。緋ヶ谷は小さく喘ぎながら、なんとか言葉を紡いだ。
「ぁ…、ッす、んなら、さっさとしろよ……」
「するって、"どちら"を」
 乳輪ごと乳頭をぎゅっと摘み、絞られるように刺激され、
「ひぅっ!♡」と悲鳴じみた声が漏れる。そのままくにくに♡と弄ばれ、堪らず腰を揺らすと、風耶がくすりと笑った。
「ふふ、下を触らずともお胸だけでイけそうですね」
「……ッ!」
 かあっと頬が熱くなる。悔しさに思わず睨んでしまったが、たぶん、それがいけなかった。
 ――瞬間、
「ぁ"あ"ッ!?♡」
 ぎちっ♡と乳頭を思い切り捻られ、痛みが走った直後、脳天まで突き抜けるような快感が襲ってきた。
「あ"ッ!? やめ……ぇっ♡♡」
「ほら、気持ちいいでしょう?」
「ん"っ♡ンぁああ"ッ♡♡」
 ぐりぃっ♡と強くねじられたあと、今度は優しく労るように撫で回される。緩急をつけた責め方に、頭がおかしくなりそうだ。
「すごい声」
「ぃ"っ…♡ぃ"ぐっ♡♡ちくびぃっ♡ぃ"ぎそぉ……ッ♡♡」
「はい」 「…ひ、ぎッ!?♡」
 びくん! と大きく跳ねる身体を押さえつけるようにして、
 風耶が強く乳首をつねり上げた。その衝撃で、緋ヶ谷の視界が一瞬白む。
「ぁ"っ……♡♡」
 ひくっ、とだらしなく腰を震わせ、甘く息を吐き出す緋ヶ谷のボトムスには、じわりと染みが拡がっていた。
「よしよし、頑張りましたね」
「……ッ♡♡」
 息を整えていると、優しい声で褒められ、また身体が震えてしまう。
「……出した後の洗濯、大変なんだけど…」
「あら、でしたら次からは貴方だけ全裸でします?」
「すんならお前も脱げよな」
「嫌ですよ、寒いじゃないですか」
「なんだお前…………」
 緋ヶ谷はため息をつきつつ、はたと何かを躊躇うように動きを止める。
「どうしました」
「……いや、なんでもない」
「言ってください」
「いや、ほんとに」
「言え」
「……引かないって約束するか?」
「はい」
「絶対か」
「しつこいです。……なんですか」
 面倒そうな顔で、風耶がじっと緋ヶ谷の顔を眺む。その視線にやや恥ずかしそうにしながら、緋ヶ谷が緩慢な動作でベルトを緩めた。
「……準備、してきた。から、たぶん、すぐにでもできる」
 風耶とは対照的に、緋ヶ谷の普段は精悍で気の良さそうな雰囲気を浮かべる表情が、今ばかりは眉根を下げ、しおらしく視線をやっている。
「ふむ」
 対する風耶だが、その痴態に僅かに目を細めて、身を乗り出して緋ヶ谷の顔を覗き込む。下衣を脱ぎ去ってシーツの上に転がった緋ヶ谷は、その人形のようなシンメトリが見つめてくるのを居心地悪そうにして、身を捩らせた。
「まあ、はい、そうですか」
 風耶はぱっと顔を背け、サイドテーブルから手際よく潤滑剤と数枚のスキンを取り出し、潤滑剤を指に纏わせ、緋ヶ谷の後孔へと指を挿れた。
「ッ……!♡」
 ひっかかりなく、ぬるりと入り込んできた指先に、緋ヶ谷はぴくりと肩を揺らす。
「慣らしたって、」
「それはそれとして、ですよ」
 ――私は他人の準備をへし折るのが大好きな性分なんです、それを理解していなかったとは言わせませんよ。うつくしい男のかんばせが、口許に性悪な笑みを作る。
「しゅみ、わる…ッ!」  耳元で囁く声音と相まって、ぞくり、と隷属感に似た感覚が緋ヶ谷の全身を駆け巡った。 「まあそういうわけなので、頑張ってください」 「ッん"ひ!♡♡」  指を突っ込まれて早々、ぐりっと前立腺を押し潰された緋ヶ谷の身体がびくんっ♡と跳ね上がる。しかし風耶はそれを気にせず、無遠慮に指を動かし始めた。
「ぁ"っ、ぁアあ"ッ! そこ、やめぇ"っ♡♡とばし、すぎッ!」
「あぁ、すみません」
 まったく悪いと思っていない顔で謝ると、風耶はその手のまま、ぐっとさらに強く押してやる。
「ぁ"っ……!? やめッ、ぃ"っ……♡♡」
「緋ヶ谷さんってば、ほんとにここ好きですよね」
 血気盛んな年頃の恵体をあられもなくさらけ出し、雌の悦楽に浸る姿はひどく淫猥だ。風耶は僅かばかりの慈愛と好奇に満ちたまなざしで緋ヶ谷を見下ろしながら、二本目の指を挿入して、責める。
「ぁ"っ……! ん、ッぐ♡ぃぐっ、ィくッ!♡」
 びくんっ! と身体を大きく跳ねさせて達したあとも、かわらず泣き所をとんとんとかわいがられ泣き喘ぐ。
「イっ、たぁ"ッ!! いまっ、いったっ!♡とめろッ、なぁ……っ!」
「ふふ、えらいですね」
 息も絶え絶えに吼える緋ヶ谷に呑気な微笑みを返して、風耶は緋ヶ谷の達したばかりの敏感な胎内を糧に、またどんどんと追い詰めていく。
「お、ぅ"……ッ♡と、ェ"ろ、ォ"ッ……!!」
「はいはい」
 指の動きが止まるなり、緋ヶ谷は息を荒げたまま風耶の股間に手を伸ばした。
「はやくしろ」
「随分と積極的ですけど、待ちきれませんか」
 たぶん、半端にとんでいるのだろう。真っ赤な顔で苛立ったように眉根を寄せ起き直った緋ヶ谷が、僅かに重ねた己の手を掴んでせがんでくるのに苦笑いしつつ、風耶はボトムスを寛げる。下着をずり下げれば、すっかり勃ち上がった雄々しい性器が現れた。
「ん……」
 緋ヶ谷はごくりと唾を飲み込んで、それに顔を近づける。ざんばらになってしまった長髪を邪魔そうに耳へ退けてから、亀頭に唇をつけた。ちゅ、と軽いリップ音が響く。そのまま舌先で鈴口を割り開き、唾液を塗りつけるように舐めた。
「……ふー、……♡」
 口内をいっぱいに満たす質量に、緋ヶ谷は鼻息を漏らしながら懸命に奉仕する。その表情は陶然としていて、快楽に蕩けた瞳には、情欲の色が滲む。  風耶がやや目を細めて緋ヶ谷の頭を撫でると緋ヶ谷も気持ち良さそうに瞳を濡らすのがなんとも可愛らしい。
 普段は多くの人に愛想を振りまき、困っている人を見捨てられないお人好しなこの男の、決してやすやすとは見せられない淫らな姿と表情に、風耶は優越感にも似た感情を覚えた。
 緋ヶ谷の喉奥を穿つ度、ぐぽっ! という粘液の泡立つひどい音と、くぐもった悲鳴じみた声が上がる。
「んぶっ!♡」
「あぁ、すみません。つい」
「ッ、ぉぶッ♡♡」
 苦しいだろうに、それでも健気に頑張る姿がいじらしくて仕方がない。しかも、手持ち無沙汰に下に目をやれば、緋ヶ谷も空いた手で己の性器に手を添え、必死に慰めているのだ。
 ――あぁ、本当におもしろい人だ。情事まで持ち込んでいる同性の"友人"へ抱くには些か失礼だろうズレた感情に、風耶の口元がまた薄い笑みに歪む。
「緋ヶ谷さん、」
「ぷ、ぁッ♡♡」
 風耶が名を呼ぶと、緋ヶ谷の口が離れる。その瞬間を狙って、一気に喉の最奥まで突き上げた。
「〜〜〜ッ!♡♡♡」
 それと同時に、流し込まれる精液。どろりとしたそれが食道を通り、胃の中へと落ちていく。
「……んっ♡」
 それをこく、と飲み下すと、何度かむせてから緋ヶ谷はゆっくりと顔を上げた。
「えらいえらい」
「…趣味悪いよな、お前」
「ふふふ」
「否定しないのかよ」
 呑気に笑う風耶に緋ヶ谷は呆れたように肩を竦め、ため息をついた。
「でも、私のもの舐めしゃぶって勝手に気持ちよくなってる緋ヶ谷さんも同じ穴のムジナと言うやつでは?」
 結局風耶と一緒に達したのだろう、緋ヶ谷の性器とそれを扱いていた彼の手もまた精液に濡れていた。
「……」
 指摘された緋ヶ谷が複雑そうな顔で黙り込む姿に機嫌を良くしたような笑みを見せ、風耶はサイドテーブルに置いてあったスキンを手に取った。
「それじゃあ、しましょっか」
 ぴっと封を切り、慣れた様子で装着していく。ぐったりとベッドに身を預けた緋ヶ谷の腰を抱え上げ、後孔に性器の先端を押し当てると、スキン越しに質量を感じとったのか、緋ヶ谷の身体が期待にびくりと震えた。
「ぁ"……ッ♡」
 そのまま、ゆっくり押し進める。熱い肉壁がきゅうぅ、と締まり、風耶のものを締め付けた。
「は……っ♡」
 甘美な刺激に思わず、緋ヶ谷の口から艶かしい吐息が漏れる。ゆるい抽挿でたっぷりとぬかるんだ肉筒を擦り上げる度に、結合部からはじゅぷっ♡という淫猥な水音が響いた。
 緋ヶ谷は風耶の首に腕を回し、しっかりとしがみついて快楽に耐える。
「ん"ぅ……ッ♡♡」
「ほら、もっと頑張ってください」
 ぐり、と最奥を突かれて、緋ヶ谷は甘い声で鳴く。
「ひぎっ!?〜〜ッおく、♡」
「好きでしょう? ここ」
「ッ、ン"♡」
 さきほどの衝撃でやや素直になったところで、今度は前立腺ばかりを責め立てる。とん、とん、と優しくノックするようにそこを叩けば、緋ヶ谷はあっけなく絶頂を迎えた。
「あ、お"ッ、いくッ、ィ…〜〜ッ!!」
 がくがくと痙攣する身体を押さえつけ、風耶は尚も責め続ける。
「だめ"ッ、いまイってんだよ…!」
「いいですよ、好きなだけどうぞ」
「やあ、ァ"! こわれ、から…ッ」
 腰をグッと引き寄せて、深く挿入したまま揺さぶれば、緋ヶ谷は背中を大きくしならせて喘いだ。
「壊れるなんて、可愛いこと言うじゃないですか」
「……本当、そのまま壊してしまいましょうか」
 身を乗り出し、お互いのまつ毛が絡みそうな距離で、悪魔が笑った。
 ――あぁ、もう。
(この目だ)
 そのぞっとするように美しい男のかんばせの真ん中ですうっと細まる、僅かにぎらついて光る捕食者の目。獲物を見据えて離さない、普段は涼やかで冷たい人形のような視線に、獣のような、"雄の本能"が混ざる瞬間。
「……ッ♡ さす、がに…冗談だよな…ッ」
「やめてほしいなら、その声に滲む期待を隠す努力くらいしなさい」
 快楽でぼやけた緋ヶ谷の頭でも逃げ道がないことを悟らせるこれが、緋ヶ谷は大好きだった。
「ッあ"!?」
 太ももを掴まれ腰をより上げられた状態で再開された律動は先程よりも激しく、必死に緋ヶ谷は目の前の白い肩へしがみついた。
「壊れるって、どういう定義なんでしょうね」
 耳元で囁かれる風耶の声は酷く楽しげだ。
 こんなにも乱暴な行為を強いられているにも関わらず、その表情には愉悦の色さえ浮かぶ。
「ねえ、知りませんか? 緋ヶ谷さん」
「ッあ"!! ひゅぅ"…ッぐ♡ ぉ"、ご……ッ」
 聞くに耐えない情淫の音が響き渡る。あまりの激しさに息すらままならないが、しかしそれでも、緋ヶ谷の身体は快楽を拾ってしまう――他でもない風耶が、異性を抱くしか知らなかった緋ヶ谷の体に手ずから教え込んだのだ。
「私にとって、理解できない愛やら恋を経験込みで一番知ってるのは、貴方だと思うんですよね…ッ」
「ふーッ、 ふぅ"……ッ、ン"ぃ"い~〜っ!!!♡」
 がつ、と最奥をつつかれた時に、大きく震えた緋ヶ谷の腕が勢い余ってベッドボードからティッシュケースをたたき落とす。小型のアクリルケースが床に落ちて、ガシャンと音を立てた。
「あ、こら! お行儀悪いですよ」
「かはっ♡ ッあ゛!?  ア゛ぁ゛…ッ、〜〜ッ♡」
 咎めるように乳首をつねられ、びくんと身体が跳ねた拍子にまた中のものを締め付けてしまう。
「ん、ふふふ…ッ、もしかして、こうしてお胸弄られながらする方が好きですか?」
「ちが、 〜〜あ"ァッ! あ"――ッ!♡」
 ぐりぐり、と親指の腹で虐めるように押し潰され、その刺激にびりりと脳髄まで痺れるような快感が走る。痛みも感じているはずだが、快楽の荒波に押し潰されたのかどこかに行ってしまったらしい。
「どうですか」
「好きじゃな、い"ッ♡ あ"ぅッ♡いっ、ぁ"い、いてぇ"ッ……からッ!!」
「ほんとうに?」
 咎めるように緋ヶ谷を見つめる金糸雀色の瞳がきゅうと細まるものだから、思わず喉の奥がきゅんと鳴った。自分より体格も細くて力量もさほど高くないこの男にたったひとつの目線で心臓までをすくいとられる倒錯的な情愛が、何よりも興奮のスパイスとなって緋ヶ谷の喉に、体に、脊髄に、絡みつく。
「ッあ"、ひ……ッ♡」
「ん、…ほんとにこういう事するのが嫌な人は、自分でわざわざ慣らすことなんかしないんですよ」
 くすくすと笑う声でさえ、今の緋ヶ谷にとっては快楽の種となる。
「それに貴方、痛みに弱いくせしてそれが快楽と混ざるのを何よりも好くでしょう」
 それはまるで悪魔の囁きだった。
 快楽で頭が馬鹿になった所に、幼子に言い聞かせるようなやわい声音が流し込まれる。
「ねぇ、気持ちいいですよね」
「……ッあ、ぁあ"ッ♡」
 耳元で甘く囁かれれば、もう駄目だ。おかしくなった首は何度もたしかめるように縦に頷いてしまうし、顔のうちがわでは男のからだで雌側の快楽に溺れ狂う羞恥が燃え盛るのに、声を抑える手も目前の光景から逃避する瞼もまともに効きやしない。
「いつもの素直じゃない緋ヶ谷さんもつつきがいあって好きですけど、誰にも見せられない顔してるのだって私はすきですよ」
 どちゅ、と強く腰を打ち付けられ、ばちばちっと視界で火花が散った。
「ッあ"!?♡」
 そこからはもう、抵抗なんてないようなものだった。
「並の女の子なら泣いちゃうくらい恵まれたもの持ってる癖に、すっかりしおれて違うところで気持ちよくなっちゃう体になっちゃいましたね」
 爪で押し込まれるように乳頭を苛まれて、緋ヶ谷はたまらずにひくん、と腰を振りあげる。
「ぁ、ああ"っ♡あ"ぅッ……!」
「それとも私の顔が好き? 私にこうしろと言われたからそうなっているだけなんでしょうか」
 腰を打ち付けられる悦びと、あかく腫れた乳頭を虐められる悦びにいよいよおかしくなりだした緋ヶ谷が、最後の理性のひとひらだけは逃がすまいと風耶の背中に必死にしがみついて、可哀想なほど悦楽に体を震わせる。
「それとも声? 緋ヶ谷さんって意外とお耳も弱いですもんね」
「ひ、ぁっあ"♡〜〜ッ!」
「ふふ、弱いところもすきなところもいっぱいあって大変ですね」
 うっそりと美形に笑みを浮かべて、ぐうっと腰骨同士をつけるように、抽挿に圧をかけて刺激する。その間に乳頭を指先で潰すように刺激されてしまえば、緋ヶ谷が息を詰め達した悦に泣き喘ぐ声しか聞こえない。
「〜〜っ♡ 〜~ッ!!♡ あ"ぁあ――ッ!♡」
「私は色恋とかほんとに理解しかねるんですけど、それならいっとうかわいがってあげますね」
「ぃ、ぎッ♡……~~ッ!!!♡」
「ふふ、女の子抱けなくなっちゃいますね」
 絶頂が止まらない緋ヶ谷の身体を、容赦なしにひどい手管で悪魔がもてあそぶ。つややかな褐色の恵体を淫猥に震いくねらせ、艶の深い朱の長髪をめちゃくちゃに振り乱してよがり泣く様は、気さくで素敵なお人好しの裏の顔にするにはあまりに乖離していて、そして淫らで、衝撃的すぎるものだった。
「ぁ"、あ~……ッ!♡ も、イ"……ッてる……ッ♡ ずっと、イッ……ぅう"♡」
「うん、気持ちいいですね」
「ぉ、ほ……ッ! んン"ッ!♡ また、ま……ッ、くるゥ"ッ♡くるッ、! い、ぁあア"――ッ!♡」
 ずろりと引き抜いた雄で、前立腺を押しつぶしながら奥まで一気に貫く。それを数度繰り返した後、そのままぐり、と弁を押しつぶして責め立ててやれば、堪らずに悲鳴じみた声を上げて緋ヶ谷は背筋をそらせて吼えた。
「ひゃ、ァあ"ッ♡ ぇお"……っ!♡ ぁへ、え"ぅう"……ッ♡」
 舌を突き出して悶える緋ヶ谷の表情は、情欲に蕩けてだらしのない、よく飼い慣らされた犬のように緩んでしまっていた。
「ん、……そろそろ私も限界なので、もうすこし頑張ってください」
「ぁ"、ぁあ…ッ♡ はッ、ゃく、だせッ…! もォ"、むり…~~ッ♡」
 キツく乳頭をつぶされながら、重く穿つような律動で最奥ばかりを狙って突かれる。その度に緋ヶ谷は、もうすっかり快楽漬けにされてしまった雌の悦びで頭の中が真っ白になる心地だった。
「……~~ッ♡ い、ッ、~~ッ♡ あ"ッ!?♡ あ"ぁあ"♡」
「はぁ、…そんなに締め付けなくてもちゃんと出しますから、」
 風耶の、抑えるような悩ましげな声がふりかかってきたかと思うと、ごつ、と強く突き入れられ、緋ヶ谷は一際大きく身もだえた。きつく締め付けられた胎内で、どくりと風耶の雄が脈打ち、熱を焼き付けるように極まった悦楽が広がる感覚があった。
「~~~~ッ♡……~~ッ!!♡」
 もう何度目かもわからない深い絶頂に、もはや緋ヶ谷はただ、声もなく身を震わせて溢れんばかりの快楽に身をしならせて享受した。
「はぁ、……」
 ゆっくりと腰を引き抜き、スキンを縛って破棄した風耶が、未だ絶頂の余韻から抜け出せずにいる緋ヶ谷の頬に手を添える。
「いきてますか」
 そう言って、風耶が緋ヶ谷の耳元で低く笑う。緋ヶ谷が、ひくんと肩を跳ねさせてから小さく首を縦に振った。
「よかった。よく頑張りましたね」
 まだ達したてで思考のおぼつかない緋ヶ谷の頭を撫でて、労わるように口づける。
「……ちくび、しばらくなしな…」
「あれ、お気に召しませんでした?」
「これ以上さわられたら、服着られなくなっちまうよ……」
 そう言う緋ヶ谷の、たわわに実る胸筋に主張する乳頭は、ふっくらとして真っ赤に腫れてしまっている。いじりすぎでひりついているのだろう、緋ヶ谷はしきりに気にするように触れていた。
「…軟膏塗ってカットバン貼っておけば良くなりますよ」
「ほんとかよ」
「ほんとです。こういう処置に関しては私、嘘つきませんから」
 といいつつさらりと治療方法に見せかけたさらなる開発方法を吹き込み、風耶はいつも通りの薄い笑みを浮かべる。
「……まあ、それもそうだよな」
「はい」
 そして、まあ、緋ヶ谷も口では(流石に)風耶を疑うものの素のお人好しがそれを呑んでしまうので、その結果、

 ――数日後、大層ブチ切れた様子の緋ヶ谷が風耶のいる大学研究室に押しかける様子が理学部棟の生徒によって目撃された。