詳細は伏せるけど、数年来の同性の親友とワンナイトラブというか、なんか、セックスすることになった――――。最初持ちかけられた時、緋ヶ谷はたいそう困惑した。ただ、返答はどうあれ最後にそれを呑んでしまったことだけ覚えている。気づけばまああれよあれよと日付が過ぎていき、当日の夜ごろに呼ばれ引き出され、そういえば同性同士ってどうすりゃいいんだろうな、調べときゃよかったな、と友人が部屋をとる間ぼんやり考えていた。
――のだが、気づけばガシャガシャと嫌な金属音が耳についていた。それを厭うようにやや目線を上にかたむけてから、訝しげな色のまま緋ヶ谷は目の前の男に焦点を戻す。というのも、なぜか緋ヶ谷の手首は手錠でくくられ、ベッドの柵を通して縫い付けられている状態にあり。やや余裕はあるものの、体勢的に大きく丸まったり暴れることは難しい。
「……なんでオレ縛られてんの?」
「深めに達すると体の制御失って暴れることがあるんですけど、そうなった場合ほぼ確実に私じゃ抑えられませんので」
「いや、そうじゃなくてこう、なんでオレなんだって話」
だって普通、と緋ヶ谷は訝しんでみせるも、風耶はゆっくりと瞬いて首をかしげるばかり。ぼんやりとした白痴美の顔が薄暗いベッドライトに照らされる姿は言い表しがたい色気に満ちていて、やけに瞳がぎらついているようにも見えた。
「…なにか、勘違いしているみたいですけど」
タンッ、とサイドテーブルに潤滑油の瓶が置かれる音がやけに大きく、まるで緋ヶ谷の思い高ぶりを咎めるようなものに聞こえて、緋ヶ谷は肩を竦めた。
「抱かれるのは、あなたの方ですよ」
「へ、」
うっすらと目を細めた風耶の、いつもよりずうっと冷たいその声音が痺れるように頭に響いた。
◆
「うっ、ん、んッ」
――性器ではない部分を弄くり回すんですから身体の大きい方が下に回った方が負担がかからないでしょう、と言われたのを鵜呑みにしてしまった、うつぶせにされた緋ヶ谷の後ろで、骨ばった長い男の指が、粘液を纏ってその腹の中を蹂躙している。本来入っては来ないその場所に出し入れされている感覚がどうも邪魔で、かすかに汗ばんだ喉から呻きが漏れる。
「痛くないですか」
「あっ、? うん、大丈――待っ、ひろげんな、なかで…ッ」
くぽ、と指が中でずらされ、壁がかすかに押し広げられて、ぞくりと肌が羞恥に粟立つ。――慣れねえ。思わず緋ヶ谷が足をばたつかせて抗議すれば、比較的素直に風耶は指の動きを止め、わずかに身を正して首を傾げた。
「……こ、これ、ほんとにきもちよくなるのか?」
「本人の素質にもよりますけど、よほどでなければ大丈夫ですよ」
帰ってくる声がことごとく呑気で心配になってくるが、下手な追及はよした。
腹側の壁を摩るように深いストロークで指が動き、関節のきわまで抜かれる度に、ついてきたローションがその指の隙間で泡立って、僅かに水音を立てる。
それが何より己の身体から鳴っているのだ、それが聞こえる度顔が熱くなってしまってしかたない。ただただ賽の河原のように積み重ねられるは羞恥ばかりで、その屈辱の石塔を打ち崩す快は願っても来ないまま。
「緋ヶ谷さんはおともだちなので、いっとう優しくしてあげますね」
もどかしいそれを嫌がって枕に顔を押し付けぐずる風耶の後ろで、くすりと艶やかに悪魔が笑っていた。――いっとう、やさしく。普段の風耶なら逆さまにしたって出てこないだろう言葉の非現実さが、腹の中でぐねぐねとうねる感触も相まって緋ヶ谷の思考力をゆっくりと奪っていく。
「ん――ぁ、あぁッ!?」
そうして、ある一点を押し込まれた瞬間、どくん、だかぞくん、だか、カゼっぴきの時やら熱射病になってめまいを起こしたような、体のぐらつく衝撃が下腹部を中心に広がった。
快感は無いが、それ自体は痛くも気持ち悪くもない。ただただ、文字通りの衝撃。
だというのに訳も分からず飲み込んで、止めてしまった分の呼吸を取り返そうと肩で息をする緋ヶ谷のうしろで、くすりと笑む気配がした。
「これ、うまく開発すれば軽く押し込まれるだけで前後不覚になれますからね」
「そこまでいったら勃たなくなりそうでやだわ………………」
「女の子抱けなくなったら面倒見てあげますので、ご安心ください」
――安心できねえよ何一つ、奥歯を噛み締めながら緋ヶ谷はそんな言葉を押しとどめて、枕にまた顔を埋めた。それを確認してか、
くるり、とその中の"ビリッとくるところ"の周りを焦らすようになぞられる。刺激がやんわりと伝わるのがなんだか物足りず、褐色の腰がわずかに身じろいだ。そんなヤワじゃねえんだから、来るなら来りゃいいのに。
視線だけを動かして背後を見ると、丁度風耶の瞳と視線がかち合って、うっそりと微笑まれた。
――まろい白痴美の男の顔が、ベッドランプの微かな光に照らされて、三日月形の流麗な唇に影を作る。まっしろな瞼におおわれて薄らと光を湛える金糸雀色のひとみが、きゅうと細まって、ただただ己の巣網に獲物が落ちてくるのを待っていた。
それだけでもう、緋ヶ谷はだめだった。人間味のない美しさにはとっくに魅せられていて、こうしてまた微笑まれただけで、その魔性に簡単に首筋でも心臓でも捧げられてしまうのだ。
「緋ヶ谷さん、私の顔に弱いんですね」
「……そう、いうわけじゃ、ねえけど…」
「ふふ」
まともな抵抗もさせて貰えないまま増やされた指でなんどもしこりをばらばらに叩かれると、その衝撃の曇りが段々と取り払われて、鋭敏で、けれど深くにじむような熱を持った感覚が湧き上がってくる。じっくりと理解するまで教えこまされるようなその手管に、持ち主同様鈍いからだがやっと追いついてきた。
「はッ…、んん、っふ……」
それから、その熱が湧き上がるにつれ、脳みその芯がじんと痺れるように鈍化してくる。抜いている時とはまた別の悦楽が、雄の快しか知らない緋ヶ谷の体に芽吹きはじめた合図だ。
「どうですか」
「ん……うん、なんか、あつい、な…?」
「意外とその手の才能があるみたいで、良かったです」
――そういや、風耶はわらうときにあんまり声を乗せない。最低限の音と吐息で、わらってると感じさせるやつだな。徐々に思考がばらけてきた緋ヶ谷は、ぼんやりそのヒトの声に浸りながら思う。
―それでも緋ヶ谷にとっては十分さらに愛でるように内壁をなぞられるともう堪らなかった。瞼を伏せ、体の力を抜いて、悦楽を拾うことに専念しだした様子の緋ヶ谷を見るつめたい金目が、またわらう。
「大人しくっていい子ですね」
緩やかに、緋ヶ谷の朱色の髪を指が通り、ふわふわと撫でつけた。そういったものを持たない奴を相手していると言うのに、あまりに愛でられているような甘い手管に緋ヶ谷の脳髄は加速度的に蕩けていく。ふは、と力のない微笑みで返せば、なんとなく満足そうにその撫でる手が離れていった。
責めは依然として甘いまま、しかし決定打となる快楽は未だ来ない。もどかしさに身悶えていると、ふと風耶の空いていた手が、すっかり勃ちあがった緋ヶ谷の雄に触れた。
「慣れないうちは、後ろだけじゃイきづらいでしょうから」
平均よりもかなり大きく、快楽に脈打つそれを直腸の開発と並行して扱かれ、緋ヶ谷の喉から甲高い悲鳴が上がる。
「あ、ぁああ!? やめ、っひ、やだ、さわんなっ!」
手枷のせいでまともに抵抗できないので、必死に顔を逸らして緋ヶ谷は身体を震わせる。風耶の白く骨ばった手が、容赦なく雁首と裏筋と、はらの中からしこりを責めて、緋ヶ谷の腰ががくがくと跳ねた。
「ちゃんと、どう気持ちよくなっているのか覚えてくださいね」
すりすり、とんとん、と覚えの悪い胎内に教え込むような手管で責められて、緋ヶ谷の口から意味のある言葉が紡ぎ出せない。ただ急速に高められていく快楽と、男として大事なものを、小悪にたぶらかされ手の内でころころと遊ばれている過ぎた恐怖が緋ヶ谷を支配していた。
「ふ、うかッ♡でるから、なあッ、ほんとに……ッ、だめだって、っっ~!!」
がくんと腰が反って、精が弾けた。風耶は手の内で脈打つ雄と精液を留めて、緋ヶ谷に曖昧な薄ら笑みを向けた。
「っはー……、っは、っっ……♡」
そして、びくっ、と体を痙攣させながら余韻に酔う緋ヶ谷に、間髪入れず後孔の責めを再開する。
「ッふ、ぅ゙う♡」
「よしよし、今の緋ヶ谷さんならきっと後ろでも気持ちよくなれますよ」
獲物が食べ頃を迎えた、というように目を細めた悪魔が、ひくりと引き攣る胎内をやや乱暴に割開き、指先でぐいとしこりを押しつぶす。
「あ゙…ぁ゙ッあ゙♡ が、ぁ…ッング…ッ!」
突然強められた刺激に、視界がぱちり、と真っ白に爆ぜて、緋ヶ谷の瞳がぐるりと上向きになり、その表情はひどく無防備なものになった。
聞こえる荒い吐息が、自分から吐き出されていると思えない。自分ではないなにかが、オレの許可もなしに勝手に登りつめさせている。
「(体にそれらしい疲れはないのだからこんな息を早めなくてもいいのに、なんで息だけこんなに早いんだ――)」
止めようと思っても止まらない、肺がなにか、誰かにコントロールされてるみたいな感覚の中、緋ヶ谷に許されたことはただただ首を振って耐えることだけだった。
「はッ、なあ、やめ…ッ♡ おれおかしい、おかしい…!」
「息荒らげてる最中に喋ると舌噛みますよ」
焼け石に水だろうがしないよりマシだろうと声を荒げて助けを求めてみたが、場馴れしていると言ったらアレだが、うろたえることもない、ただただいつも通りの声につぶされた。
そのあまりに雑な返答に、緋ヶ谷のいっとう血の気の多いところが「心配ぐらいしろよこの野郎」と叫び出したが、それを声にする前に止まっていた息が喉をついて、ひゅくりと変につっかえて遮られる。
何がいやなんだって、前で達した余韻を糧に軟らかい肉のすきまを弄るそれが、きっと気持ち良くなってるところはそう差異ないのに、射精感とは別の何かを極めそうで嫌なのだ。
だって持ち主をとうに追い越してこんなに体が息を上げているのに、中身のこころがずっとついてこない、、"ついてこないから"、その気持ちよさが人の知覚を通して頭につたわってこない。これが、――これが気味悪いったらありはしないというのに!
「やな、だッて! あ、ッ♡ クソ…っなんか、も、まとまらね…ッ」
酸欠ではないのに、登りつめる感覚に脳みそが持っていかれ始めてるのか思考がどんどんバラけていく。そもそも人間はこう連続して達せるように出来てないのを無理に臨界させているとか、これ終わった時に死んでしまってそうとか、そんなせりふも一秒先の心配も花開いた途端に霧散している。こころだけほんのすこしまともな中で、体も呼吸もコントロールを離れて暴れている――これの何が怖いかって、自分で身を苛んでいるならまだいいのに、それを軽はずみで殺人やらかしそうな性悪に任せているところだ。でも自分でもやりたくねえと思う。これ自分でやるのはただのドMだろもう。
吐息だけが耳をついて、その奥で細かに震える腕が錠を揺らす音が鳴っていた。
そんなに激しい律動を行われている訳でもなく、ただその鳴きどころだけをずーっと、やさしく、しつこく、撫でくり回されている。
何も知らない、女の子を抱いて愛してたくらいしかない体に、どんどん未知の感覚と快感を隙間なくねじ込まれて、おかしくならないわけないだろ。
悪魔が指をひきつる度、脳の真ん中の、ぴんと張った髄のようなところが締め付けられて、同じリズムできゅう、きゅう、とぼやけた動悸が胎のなかではね回る。
「ぁ゙、あ゙……ッ、や、や、また、いく、ッ♡」
「はい」
「ちがッ、あッ♡ そうじゃな、のッ♡くる…~~ッ!!」
びくんと大きく跳ね上がった腰がシーツから浮いて、均整の取れたあまい褐色の腹筋が、ひく、ひく、と痙攣する。緋ヶ谷の陰茎も快楽の極に震えを帯びたが、精は吐き出されることなく、ただ開いた鈴口からとぷとぷと先走りを垂れ流すだけだ。
「ッ、はぁっ、はあッ…! はー…ッ」
思ったよりすぐひいてしまったはやい呼吸と動悸を上からおさえつけるように、倦怠感が降ってきた。
ただ、他人の手で抜かれて、その後間髪入れずに後孔で極められただけで、抜いた後のそれとはまた違う、金属の網に捕らわれているような重たい感覚が振りそそぐ。特に腰を中心に広がるその重みと同時に、きつい責め苦から解放されたからか甘い眠気さえ後隙にやってくる。
「……」
責め手が緩んだ隙に、『エロ本とかAVで何発も連続イキする女の子の体力ってやべーな』とよぎってしまった。いわゆる"下"側に回ったのは初めてというのもあるが、まさか二発でこんなキツいとは。そちらを知ってしまった以上、尊敬感すら湧いて出てくる。
「なあ、」
呼べば、素直にはい、なんて声が返ってくる。
「これ、…やっぱ、最終的に突っ込まれんだよな」
「そうなりますけど。こわいなら、やめますか」
こわいなら、やめますか ?
恋愛観と倫理観と、ついでに躊躇いの一切すら親の腹の中に置いてきてそうなやつから一生聞くことも無さそうな言葉が聞こえたので、文章それ自体の解釈にラグが入った。
「……」
「流石に私も、おともだち相手にはそんなに鬼じゃないですよ。なんか意外そうな顔されてますけど」
風耶が、微かに眉根を寄せたのが見えた。
「……ん、ま、まあ……ここまで来てんだから、やめた方がもったいねえよ」
どちらかと言うと、指を突っ込まれるという前戯の段階で女側ってここまで気持ちよくなるんだな、というのに若干恐怖を覚えていたが、同時にプロセスとしてはあと風耶の風耶をぶち込まれるというタスクだけで、ここまで来た、というおかしくなりかけの思考が期待を生み出してしまっているのが現状だった。
「じゃあ、続けましょうか」
「……ん」
覚悟を決めた緋ヶ谷が、そろりと上体を起こして風耶を見る。サイドテーブルから、追加で何枚かスキンを――ホテルのアメニティなので多分、あまり気の利いた仕様は無い安物だ――を取り出して、Tシャツと下衣を脱ぎ去った。その動作に言い表せぬ色気を感じて、緋ヶ谷は思わず喉を鳴らす。
「……見た目よりえぐいもん出てくると思ってたから案外綺麗なのが出てきて助かった」
「私をなんだと思ってるんですか」
「そりゃ、そういう奴だと思ってるよ」
まあだって、こんな興奮材料が限られてるってレベルじゃない距離で同性とはいえ他のやつの元気なご子息なんか見たくもねえわけで、自分のやつ以外だと、多分初めて見たのはこいつのだ。目の前にいる男のも平均以上はあるだろう。美形と透る白肌を裏切らぬきれいな造形だった。
正直その体のうろに住み着いている悪魔のイメージが強かったせいで、妙に圧倒されてしまう。
「別に、緊張しなくても早々殺しにかかったりなんかしませんよ」
「早々ってことはあとあとしっちゃかめっちゃかするんだよな?」
「まぁ、欲がないとはいえ不感という訳ではないので」
はあ、と相槌に言い淀んだのを適当に返して、あとは風耶がスキンをつける姿をじっと見る。手さばきが慣れているので、おそらく経験はあるのだろう。
「……しかしお前、ゴムつけるんだな」
「同性間だと性病があるのと、女性相手じゃ妊娠のリスクがあるので」
「……その手管はどっから覚えてきたんだよ」
「話したら緋ヶ谷さん冷めちゃうと思うので、そこら辺は後にしましょう」
今はこっちに集中なさい、と後孔にひたりとラテックス越しに雄が押し当てられる。
「息、吐けますか」
「ん……」
ぐっと力を込めて、ゆっくりと先端が侵入してくる。ローションで濡れた腸壁が、熱を持った異物を歓迎するように包み込む。
「ッ、ふっ……!」
圧迫感に声が漏れるが、痛い訳でも苦しい訳でもない。ただ、今まで体験したことのない質量に体が驚いているだけだ。
「…いたくないですか」
「……ん、大丈夫…」
「じゃあ、このままいきますね」
ふー、とゆるく深呼吸をしながら頷けば、また探るように腰が進められていく。
そして、ぐちゅ、という水音が緋ヶ谷の体の奥で鳴った時、そこで動きが止まる。
「……はい、全部入りました」
「ほんとかよ……すげーな」
「男性のは、入口さえ雑にしなければ中は伸縮性もありますし、長さも心配はありません。特別、開発しない限り感覚的にもかなり鈍いですからね」
「人体って不思議だな……」
「一番いかれてるのは、最初に同性間で性交渉を試みた人でしょうね」
そう言うと、風耶はずるりと少しだけ己を引き抜いて、反応を確かめる。
「……ッ、んん……!?」
排泄に似た快感に声が漏れて、慌てて緋ヶ谷が口を塞いだ。その様子にどこか楽しげに目を細めると、不機嫌そうに睨まれてしまった。
「気持ちいいなら、そう示してもらって良いんですよ」
「……は、ずかしくて、むり」
「おや、それは残念ですね」
風耶は小さく笑うと、抽挿を始める。最初は具合を確かめるように緩やかなものだったが、慣れてきたと思えば徐々にスピードを上げ、肉を打つ音が部屋を満たしていく。
「ん……! ぅ゙、ッあグ…ッ!♡」
突かれる度に上がる甘い声が抑えられない。口元を抑えていた手でシーツを握りしめれば、指先が白く染まる。
「…声、抑えなくたっていいのに」
「そ、んなこと……いった、って……ッ!」
「じゃあ、いやがるお手手はないないしちゃいましょうか」
くすりと薄ら笑みの形に口許を歪めた風耶が、少し体重をかけるようにして緋ヶ谷の手をすくい取り、指を絡ませた。そのままシーツに押し付けてから、ほんのすこし勝気に笑う。
「これで、唇かんで耐えようものならちゅーしてあげますね」
「……っこの、やろ…ッ」
ぎり、と睨み付けるように視線を送ると、風耶は満足げに笑って、更に律動を早める。
「~~ッあ゙、ぁ、あァ、ッ!!♡」
充分に慣らされ、潤滑油で滑る胎内でひとたび悦楽を得てしまえば、そこから落ちるのは早いものだった。
「あ゙、あ、ア、んッ! ゃ、あああ……ッ!!」
食い締める肉壺を割り開かれ、そこを無邪気な熱が穿つ度、緋ヶ谷の脳裏にぱちぱちとした白い火花が咲いて、快楽が脳を焼き、自分の意志とは関係なくびくびくと腰が、足が、跳ね上がる。「緋ヶ谷さんって、ここがすきなんですね」
「ぃ、あ、そこぉ、あ、ぁンっ……! きもち、い、ひィ……ッ♡」
「ふふ、かわいい」
焼き切れかけの理性を持て余し、普段よりずっと幼げな声音で舌足らずに鳴く緋ヶ谷の頬を撫でながら、風耶はにこりと笑って、ストロークを大きくする。
「あ、ッァ゙、う、やめ、ェ゙、♡ イク、イッ、ぐ……ッ!!」
ぎゅうう、と強く後孔が締まり、大きく緋ヶ谷の喉がしなり、絶頂に咽び喘ぐ声で声帯が盈ちた。無防備に喉仏をさらしているところに、風耶の歯がくい込み、歯型を残す。
「ヒ、ッ♡」
「ごめんなさい、美味しそうだったもので」
そうゆったりと微笑む風耶の色気にあてられ、きゅう、と緋ヶ谷の喉が鳴く。再開された抽挿に、すっかり雌の悦楽というものを覚えてしまったなきどころをグッとつぶされ、かと思えば雁首で引っ掛けられ、弄ばれるような動きに、緋ヶ谷の視界がチカチカと瞬いた。
「も、イったから……ッ♡ やめ、へぇえ゙♡」
「緋ヶ谷さんならきっと、もっといっぱい良くなれますよ」
腰を使われ高められる度に、結合部からはぐち、と重たく粘ついた音がする。これが、情交の音なんだなと、緋ヶ谷のすっかりばかになってしまった頭によぎって、消える。
ぐっと粘膜をこそがれるように抜かれ、そしてまた味わうように貫かれる。
「ん、あ゙、ァ、は……ッ!」
――正直、緋ヶ谷はほとんど達しっぱなしだった。風耶に甘い恋人のように指を絡められているので手枷は意味をなしていないも同然だったが、足枷は耳の奥でかしゃかしゃと鳴りっぱなし。指が丸まりきった脚の先はしきりにひくん、と痙攣して、どれだけ深い悦楽の沼底でもがいているのかを如実に表せるだけの部位に成り下がっている。
「ぁ゙、あェ゙ッ…♡んッ、ぅ゙…ッうぅう~~~~……ッ♡」
「ふふ、緋ヶ谷さん鍛えてるから、結構きついんですね」
「く、ぅゔ♡あ゙ッ!♡ は、あ゙、んッ……!♡」
ずちゅん! と奥を穿たれて、一瞬息が詰まる。
「ほら、気持ちいいでしょう?」
「あ゙、あ、んんんん……ッ!♡」
「ほんとに気持ちいいと、ぎゅーってするからわかりやすいですね……ッ素直な人は好きですよ」
そう汗みずくに微笑まれては、緋ヶ谷はだめなのだ。
「……ッちょっと、こら、急に締めて」
「ん゙ッ♡う、おまえが、わるい…ッ!」
「ええ? 私のせいですか」
「あ゙ッ!?♡おま、いきなりぃ゙!♡」
風耶は少しだけ息を詰めて、そのまま最奥へと叩き込む律動へと切替える。その衝撃に緋ヶ谷の背が仰け反り、穿たれる度に一際びくん、と大きく腿が震えて風耶と繋いだ手に力が篭もる。
「…私も、結構性根使うんですよ」
金色の瞳をうっすら細めて、風耶が笑う。そんな言葉と共に深く穿ち込まれれば、緋ヶ谷の身体はもはや限界を迎えていた。快楽が強すぎて頭がおかしくなりそうなくらいに、気持ちよくて仕方がないのだ。
「ぃ゙、ぁああア゙――ッ!!♡」もはや声にならない声をあげて、びくっ! とひときわ激しく身を震わせ、緋ヶ谷は白濁を散らした。同時に肉壺がきつく締まって、風耶は眉を寄せながら耐える。
「……っ」
「ひ、ィ゙、ッ♡ イって、る゙からッ! おまッ、え!♡へんッ、なことすんなよ、ッ…!」
「ん、ッ……」
「ぁ゙、うそだろ、動くなって、ッやめ、」
「動くなって、お互い限界なとこでッ、言うセリフですか」
「む、ちゃだって、もう、ッうあァ゙……ッ!!」
風耶が腰を掴んで引き寄せると、結合部が一層深まった。先程までとは打って変わって、荒々しく責め立てられているにも関わらず、今の緋ヶ谷にはそれさえもが甘美に感じられた。
「ン゙ッ♡あ、あ、やば、これッ♡きもちい……ッ♡」
「そう言ってもらえて、嬉しいですね…ッ!」
「ッうグ、♡」
がつ、と叩き込まれて、音にならない嬌声を上げて緋ヶ谷が達する。引き攣ってきつく吸い付く胎内を強引に食い荒らし、何度か粘膜を穿った末に、風耶も果てを迎えた。お互い、肩口に額を押し付けて、息を整える。
「は、ッ……」
「ぅ゙、ッ~~、ッ♡ ……、ふー…ッ」
しっかりと握りこんでいた互いの掌があつく、汗で湿っているのがなんだかいやでどちらからともなく離し、まだ濡れたままの瞳を向けあっては、そらした。
「は、あ゙……ッ、……は、……は、ッ……♡」
「大丈夫ですか」
「……いろいろ、大丈夫じゃねえな…」
ゆっくりと雄を抜き去り、スキンや潤滑油のボトルの後処理をしつつ、風耶がちらりと緋ヶ谷を一瞥する。緋ヶ谷はというと未だ余韻から抜けきれずにいるようで、くったりと四肢を投げ出して、浅い呼吸を繰り返していた。
「……あんまり見んなよ」
「すみませんね」
「謝り方が雑すぎるんだよお前は」
「緋ヶ谷さんこそもう少し語彙力をつけた方がいいと思いますけど」
「難しいこと話してばっかりよかこれくらいのがいいよ」
ムードもへったくれもない会話を交わしつつ、錠を解いて、服をはたき、湯浴みなど、後始末を終えて、二人して寝台に横になる。
「……明日これ喉と腰死ぬな」
「体力自慢の緋ヶ谷さんでも、そういうことあるんですね」
「下でやるって結構体力使うんだよ」
「そう、ならなおさら私はできませんね」
風耶は少し笑って、緋ヶ谷に身を寄せる。
そして、汗でざんばらに張り付いた前髪をかきあげてやって、ゆったりと微笑んだ。そのまま、風耶の手のひらが頬に触れてきた。そのまま指先で唇をなぞられて、ぞわりとした感覚が背筋を駆け上がる。
「ん、?」
「ん。はい」
その金糸雀色の瞳の奥で、いたずらっ子のような色が、ちりり、と燻っては消えた。口付けを貰った緋ヶ谷がみるみる顔を真っ赤に茹だらせていくのを眺めて、風耶はくすくすと笑っていた。
「……おまえ、ほんと、ずるいな……!」
「何人か女性抱いてる男の反応ですか、それ」
「彼女にされんのとお前にされんのじゃ色々違うんだよ!」
「はいはい」
からからと、それはそれはとても愉快そうに笑う風耶が、緋ヶ谷は心底憎たらしかった。けれど、そんな風耶の顔が嫌いではない自分もいるわけで。
「……もう寝る」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみ」
いたたまれなくなって背を向けたが、変わらず降ってくる言葉にどこかで安堵していた。
情交による疲れもあってか、予想より早くとばりは落ちていった。
翌朝。
いつものように起床した緋ヶ谷だったが、やはり喉と腰が痛くて動けなかった。昨日、同性間交渉の経験のない身体をあれだけ好き勝手されたのだ、当然と言えば当然である。
朝特有の、ほんのすこしさみしげな、街の音が開いた窓から聞こえる。
「…………」
隣に、風耶はいない。荷物もないので、おそらくもう帰ってしまったか。冷たいヤツめと緋ヶ谷はため息をついて後ろ頭をがしがしと掻く。
「……あー……」
ひとりでに声が漏れていた。なんだかなあ、という気持ちと、ああやっぱりなあ、という諦念。
「……オレも帰る準備するかあ」
そう独りごちて、とりあえず携帯の通知を確認してからため息をつく。多分、二~三時間もすれば腰は立つようになるか。
そう、サイドテーブルに置いてあった水差しを手繰り寄せようとすると、ルームの鍵が鳴った。眉をしかめた緋ヶ谷の元に、ひょこりと風耶が顔を出す。
「おはようございます」
「……おはよ」
なんとも言えない表情の緋ヶ谷を見て、風耶がふっと吹き出すように笑みを浮かべる。
「とりあえず、元気そうで安心しました。私が何かしら買いに行ってる間に死んでたらどうしようかと」
かさり、とビニール袋を横に置いて、風耶が腰かける。そう言えばと部屋の壁掛け時計を見遣れば、八時を指していた。
「こんな早くから起きられるならそうしろよな」
「偶然早くに目が覚めたんです。そういう緋ヶ谷さんはなかなか優雅なお目覚めですね」
「皮肉かよ」
投げ渡されたサンドイッチとお茶のボトルをうけとりながら、緋ヶ谷ははたと眉をしかめる。
「……そういや、あん時やけに手馴れてるっつってはぐらかしたよな」
「ん? ああ、そうですね」
「何やってたんだよ」
「仕事の都合で諦めの悪い人を折ってたことがあっただけです」
「……」
要するにそれ、と目を逸らした。
「でも、普段ならまともに慣らしもアフターケアもやりませんし、場合によっては寝台にも転がしてはしないので、これくらい気を遣うのも相手が貴方の時くらいです」
「……むしろそれくらいやって普通じゃねえの」
「その普通にやさしいことすらやってあげる価値のないひとばっかりですので」
……風耶の話を聞いていて、もしかして今の自分はあれだけ甘く蕩かされるほどには気に入られているのかと思わないでもない緋ヶ谷だったのだが、その可能性は考えないことにしておいた。下手なこと言うと殺されそうでかなわなかった。ぱきり、とお茶のボトルを開けて、飲み下す音が響く。
「にしても、令和にもなってシューター式のホテル見るとは思いませんでした」
「シューター?」
「料金を入れたボトルを機械に突っ込んで、精算してくれるところまで飛ばすんですよ」
「……へえ?」
いまいちイメージが浮かばない、というような顔の緋ヶ谷を面白がるように、風耶は曖昧な薄ら笑みを向けていた。
……その後、昼頃になりようやく緋ヶ谷の腰が復活して、ホテルの敷地を出るなり二人はいつも通りの親友に戻った。腹ごしらえにどこへいこうとか、後ろに自転車がきてるだとか、妙に残暑があつくてかなわないとか、バスに乗り遅れたとか、そういう話ばかり。結局一夜のことなんかなんでもなかったように他愛もない時間を生きていた。
そんな彼らがたった今通りすがった道端の花屋で、ニーレンベルギアとローダンセの鉢植えたちが談笑するように揺れていた。