矢張、夢さなか

 なぁにが、明日大学のディベートとかなんだかで早いだ。こっちの気も知らず毎日毎日自分の予定ばっか考えやがって――酒に酔って半壊している脳内で、緋ヶ谷は悪態をついて、ベッドですやすやと呑気に眠っている男を見下ろす。
 その呼吸はやや浅いが、規則正しい。随分深くまで眠っているようで、ちょっとやそっとでは起きそうにない。そりゃあ、緋ヶ谷が割と時間をかけて生活習慣の改善をしているのだから当然だ。寧ろここまで世話を焼かせておいて、効果が出ない方が困る。
 緋ヶ谷は、悪いことを考えついた子供のようにわらって風耶の隣に腰掛けると、ゆっくり顔を覗き込んだ。そして無防備に薄く開いた唇を見つめる。それからおもむろに、自分の唇をそこに押し当てた。息を押し込めて起こしてしまっては困るので、ほんの軽く触れ合わせるだけの口付け。
「……へへ」
 緋ヶ谷は満足げに笑ってから、風耶の肩を掴んで仰向けに転がす。風耶は全く起きる気配がない。
 お前がオレを抱いてくれないなら、オレが襲っちゃうぞ? なんて、緋ヶ谷はふすふすと上機嫌に布団を思いっきり剥いで下衣に手をつける。一思いに引き下ろして、露わになった風耶の雄をじっと見下ろす。寝てるからまあ、反応しないのは当然だろう。邪魔な横髪を耳にかけて、愛おしむようにキスを捧げてから、ぱくりと口に含んだ。唾液を絡ませながら舌先で先端を刺激しつつ竿の方にも手を伸ばして、優しく扱いていく。すると徐々に硬度を増してきて、やがて完全に勃ち上がった。口を離せば、粘液が糸を引いた。
「やる気なさそうな割に、弄りゃ元気になるよなぁ」
 ぺろりと舌なめずりをして、緋ヶ谷は楽しげに呟く。同じく自分もてきぱきと服を脱いで、ふう、とあつい興奮で力まないように息を吐いてから、たっぷり準備してきた後孔に切っ先を押し付け、ゆっくりと迎え入れていく。ここ数日求めっぱなしだった質量を与えられた肉壺は歓喜に振震え、じゅくじゅくと湿った蠕動で締め付ける。その心地良さに思わず声が出そうになるのを抑え込んで、全部入ったところで動きを止めて馴染ませる。
「ん……♡よしよし……♡」
 ……緋ヶ谷は自分の腹、とその中に包まれる愛しい肉のかたまりをあやすようにさすさすと撫でて、嬉しそうに笑った。
「お前が、悪ぃんだからな…♡」
 ……なんかそういえばゴムをつけていなかったような気がしたが、まあそういう日もあるだろう。意識のあるうちに己を抱いてくれなかった風耶のせいだと本来割とやってはいけない方面の責任をなすりつけて、そのまま抽挿を始めた。
 最初は浅くゆるやかに、次第に激しく強く打ち付けて、ぱん! ぱん! という音が鳴るくらいには激しさを増す。奥の奥まで穿つ度に脳天にまで響く快感に喘ぎながらも、風耶の表情を確認することは忘れない。起きられて、何かしら口を挟まれれば興ざめしてしまう。
「ふ、ぅ〝ッ♡ ン…~~ッ、ぅお〟♡、」
 傍から見れば筋骨隆々の男がしゃがみこんで寝耽る男の性器を貪っているというなかなかの絵面を晒しながら、緋ヶ谷は夢中で快楽を求める。
 風耶のものを包んでいる腸壁は、既に何度も達していることもあってぬかるみきっており、底なしのような感覚を味わわせてくれるその熱い媚肉を擦られる度にぞくぞくとした悦びを感じる。ぐぢ、ぐぢ、と粘ついた音を響かせながら、荒い腰使いで責め立て、またその快楽に喉を晒して泣き喘いだ。
「ん゛ッ、ふ♡ ぅ、お、お゛ぉッ♡ グ、ぅ……ッ♡」
 声量を出さないように注意を払いながら、空いた手でふっくらと出来上がった己の乳頭に手を添え、ぐりゅっと潰すように捏ね回した。瞬間、痺れるような鋭い刺激が胸から全身へと駆け抜けて、堪らず背をしならせる。
「あ”、ッぅう……~~ッ♡ やば……♡」
 もう、男の悦楽だけでは満足できなくなってしまった己の体を、風耶の教育のほどを見せつけるようなサマで、緋ヶ谷は風耶を喰らう。風耶の剛直を最奥まで飲み込み、窄まりの入り口に先端を押し付けたまま腰を揺らすと、ごちゅっ、どづっと鈍い音が鳴って、頭がおかしくなりそうな程の法悦が押し寄せる。
「ふ、ぅお〝お〟♡、くッ…♡ ん、ぃぎい…ッひ♡ ぃ゛ッ……♡ …ぁ〝♡、ィ、ぐ、いぐ、ぁ、く、う〟ぅ♡」
 風耶の肩を掴んで支えにして腰を振りたくると、あまりの気持ちよさに涙すら浮かんできて、絶頂を迎える。びくん、と大きく痙攣してはふはふと息を吐き出しながら、愛おしそうに、眉根を寄せて寝こける風耶の姿を眺む。流石に進行形で性的な接触をうけているのだ、やや寝苦しそうに不揃いな息を漏らしていた。―― 眠りにつければしばらく起きないとは本人談だが、マジだったんだなアレ。
 とはいえ、緋ヶ谷からしたら眠りに貪欲な風耶は最高の相手だった。おかげでもう少し楽しめるなと、抽挿を再開する。
「……ッ、ぉ"、ッお♡ んォ”ッ♡…ぁ、んッ……はー……、っ、きもち……」
 時には己の乳頭を虐め、なきどころに体重をかけて、容赦なく自分も風耶も搾り取らんとするかのように、緋ヶ谷は腰を振る。その度にきゅう、と菓子をねだる幼子のように胎がうねり、来るはずのいとおしい種を今か今かと纏わりついて雄を抱え込んで離さないでいる。
「は、……っ♡ あ”、ッまた、イ、…ぐ♡ いく、ぃく、いく……~~ッ♡」
 そうしてまた絶頂を迎えて、しかし今度は腰を止めなかった。びくびくと余韻に打たれ小刻みに震える腰を無理矢理急き立て、一心不乱に快楽を求めて獣と言うべき形相で振りたくる。
「ふ、~~ッグぅ〝ッ♡ ぉ、お〟ッ♡ う〝ッ……♡、ん〟ぉ♡」
 だらしなく口を開いて舌を突き出し、唾液と共に濁った喘ぎ声を垂れ流す様。褐色の、鍛えられた精悍な肉体をめいっぱいに乱して、好いた雄を食い荒らして悦ぶいけない雌の姿があった。
「あ〝ッ♡ ぅ〟う〝♡、ッ……~~ッ、ふぅ〟ッ♡ ぅ”、ぎッ♡」
 ごつ、ごつ、と奥の奥まで突かれる度に押し出されるようにして出てくる意味のない音を遠く分離した意識のはざまで聞きながら、もうすぐそこまで迫っているであろう極上の快楽の予感に、緋ヶ谷は期待を膨らませる。
「あ〝、ァ……~~ッ♡ ん〟お〝♡ いぐ、いぐ、ぁ、く、ぅ〟♡ い、ぐ……♡ ぅ、んッ、ふかいの、くるッ、くる、ッやば…♡ん、おぉ……ッ♡」
 腹筋がひくり、と痙攣するたびに、後孔がきゅんと締まっては弛緩してを繰り返している。着々と緋ヶ谷の体が、とびきり重たい絶頂を迎えるための準備をしている――調子の良かった日なんかに、風耶の手で何度か登り詰めさせられた事のある領域。暫く体が使い物にならなくなるが、強烈な悦楽の対価にしては破格も同然の、絶頂の〝いただき〟。なんせ、セックスというのは多分ローラーコースターと似たようなもので、登り詰めて落っこちる直前のところが一番気持ちのいいところなのだ。
「ぁ〝……♡、これ、ッン…♡ くる、クる、ぁ、くる……ッ♡ ぁ〟、は、♡」
 頭に糖蜜を流し込まれる感覚に似て、思考を奪われてゆくのにすら快楽を見いだしながら、緋ヶ谷はレーンを落ちる直前のあまさを享受する。
 
 ――前に、風耶がいわゆる「安楽死コースター」なるものの話をしていたのが過った。曰く、登り詰める直前には落ちるかどうかを決めるボタンがあり、それを押して確定させると一直線に落ちていく、というものらしい。
 確かに、こんな悦楽に包まれて死ぬのは悪い選択でもないかもな、と緋ヶ谷は落ちる寸前のふわついた意識で思い――ボタンを、押した。
 どっと押し寄せる快楽の波。全身の血流が逆流するような錯覚すら覚えるほどに身体中を駆け巡っては、緋ヶ谷の脳髄を犯し尽くす。
「ぁ〝、ぁ〟ああ〝♡ イ〟ッ……ぅ〝♡ ん〟ぉお、お、おォお”ッ♡」
 後ろに倒れ込まないようにだけ、一縷の理性で体をつなぎとめながら、びくん、びくん、と派手に大腿や背筋を痙攣させて、喉を仰け反らせ、目を見開いて緋ヶ谷はその頂きの快楽に堕とされ、悦びに声を上げて震える。そのなかでねっとりと媚肉のしわと目交い、またふくらんだ雄と絡み合う感触に、風耶も達したんだなと感じ、その嬉しさがまた快楽となって荒れ狂う。
「ん〝、ひッ、…ぁっああ"あ〟っぁ、くッ、ッ! やぅ、ッあ、やべッ……! ♡♡」
 今更、抑えていたはずの声が出てしまっていることに気づいたが御するには遅すぎた。その焦りも快楽に押し流され、触れてもいないのにぴりぴりと疼く乳頭をむずがって思わず搾り込むようにつねれば、さらに己を追い込んでしまってだめだった。
「……ッ♡……♡ ぅ”う……♡ ぁ、……~~ッ♡」
 びくびくと、陸に打ち上げられた魚のように跳ねる身体。快楽を貪ること以外を考えられない、真っ白になった頭と視界。それでもなお、快楽に溺れ続け、なお足りないと貪欲に極致を求めている肉体。
 そうして、長く続いた絶頂の余韻がようやく引き始めた頃、ずるりと重力だけではない、抽挿の気配を感じた。
「……随分、楽しんでらっしゃったようで」
「…ぁ”……♡」
 長いまつげのうらがわで、寝起きをめちゃくちゃにされて不機嫌というどころではない、風耶のつめたい瞳がぎらぎらと光って緋ヶ谷を睨んでいた。本調子ではない掠れた声にはっと意識を取り戻せば、己の腰がきつく白い手にとらえられてしまっているのを理解した。
「あ”……ッ!? まっ、て♡おれ、いま、いったばっかでッ」
「そんなの、用事あると事前に〝よく〟聞かせていたはずの人間の寝込みを邪魔したのに比べれば、…些事に過ぎませんでしょう?」
「ひ、ッ」
 肩を掴まれ引き倒されたと思えば、いつの間にか己の目が天井を捉えているのに気づいて、緋ヶ谷は小さく悲鳴を上げる。
「ちょ、ちょっと待てよ、風耶」
「嫌です」
「なあ、ッあの、謝るから!」
「命乞いのつもりですか?」
「ちがッ――うぁ〝、ぐ、ぅう〟……ッ♡」
「…ふ、」
 口答えを咎めるように、ぐり、と前立腺に体重をかけて押しつぶす。たったそれだけで簡単に体が言うことを聞かなくなってしまい、みじめに喘ぎ声しか出せなくなってしまう緋ヶ谷の姿に、僅かに風耶が鼻を鳴らす。
「……ッ♡♡ ぁ〝……♡ ん、ぉ、お〟……ッ♡」
 ひく、ひく、と震えて指を丸める剛健な足先を意識に入れる間もなく、そのまま奥まで貫かれ、突き上げられる。
「―――――ッ!! ♡♡」
 声にならない絶叫。快楽で塗り潰された思考ではそれすらまともに理解できない。ただ、自分のなかの何か大切なものが壊される感覚と、これから世界でいちばん気持ちよくて、苦しい死を味わわされるということだけをはっきりとわかる。
「……ッは、……ふ……」
 獣のような荒い息遣い。それに合わせて、腹の奥をごつ、と殴られるような衝撃が襲う。
「――――ッ、ァ、……ッ♡♡ あ〝、ッ♡♡ぁ、お〟……♡」
 最早意味のある言葉は発せない。だらしなく舌を突き出し、目を裏返らせて、ずぶずぶと快楽の海に沈められていく。
「ご、めんなさッ♡ぃい〝……♡♡ごぇ、なさァ〟…~~~ッゆるし、ぇ〝♡…ぁ〟……♡ ぉお”……♡♡」
「緋ヶ谷さんみたいに、素直に悪いこと謝ってくれて、それを聞いてくれる人ばかりがいたら、…ッ、きっと、法なんか必要なかったでしょうね」
「…私は、謝られたところで許しませんけど」
 にくむような形に瞼が細められて、睨まれた動作のそれだけで緋ヶ谷の胎が強く打ち震え、まともに見つめ返したばかな脳みそがびん、と従順に繰られたように達してしまう。
「……ッ、…」
「……ぁー……ッ! ♡ ぁ、ぁ〝……♡ お、ぁ〟……~~~ッ♡♡」
 びく、と身体を震わせて、精液を出さずに絶頂する緋ヶ谷に構わず、乱暴に腰を叩きつける。びくん、と意思を失った人形のように屈強なはずの体が震えて過ぎた快楽に蕩ける様を見下ろしながら、風耶は汗で張り付いた己の髪を乱雑に手でよける。
「寝たら起きないとは言いましたけど、こういうことされて一回起こされたら寝られないんですよね」
「ぉ、おおぉ〝おッ!? ♡ぁッ♡ ン゛ッッ♡ ぅン〟、ッ」
「で、明日県外に出るから、早くに起きるって話を、しましたよねッ」
「ぅ、うぅッ!? ♡♡ ……ッぉ”お、ごっ! うグッ、……んぉ”お~ッ♡」
「…しましたよね、ッ!」
 がつ、と骨盤を砕かんばかりの勢いで叩きつけられれば、もう緋ヶ谷には喘ぎ声しか出せない。それでもなんとか謝罪の言葉を口にしようとすれば、それを遮るようにまた強く穿たれて、快楽漬けになった身体にはそんな些細なことすらも許されない。
「……ぉ”……ッ♡」
 こくこくと頷いて見せる緋ヶ谷だが、風耶は気づかない。その様子にも苛立ちを感じて、更に激しく責め立てる。
「……ッ、分かってるならじゃあ、なんでこういうことやってるんですか」
「ご、ぇ、……なしゃ、い……ッ」
「謝罪は聞いてないんですけど、ねッ」
「ひグッ! ぉ…ぁ、ぁあぁ〝ぁ〟ぁ〝ッ♡ んォ〟、……~~~ッ」
 がつがつと遠慮のない動きで責め立てられて、堪らず緋ヶ谷が身を捩る。しかし、そんなもので逃がすはずもなく、いつぞやかのように肩を押さえられて押し込められてしまう。
「あ〝ッ、ぁ〟、ぁああぁ〝ぁ〟……ッ♡♡ んぐ、ん〝ん〟ッ、……~~~ッ♡♡♡」
「……ッは、」
「―――ぁ”ッ……!! ♡♡♡」
 ぐり、と最奥まで貫かれて、そのまま熱い飛沫を浴びせかけられる。同時に再び強い絶頂を与えられて、目の前が真っ白に染まった。そんな中で無意識に足を風耶の腰に絡めたが、意外と邪険にはされなかった。
「……ッ、……ッ……♡ は、ひゅ、……ッ……ぁ……♡」
「……というか、生でしてたんですね。どれだけ堪え性ないんですか」
 呆れたような声音に、びくりと緋ヶ谷身体が跳ね上がる。慌てて後孔に力を入れようとするが、時すでに遅し。肉の隙間から溢れたそれが内腿を伝う感覚に緋ヶ谷のかんばせにぶわりと涙が浮かぶ。
「ぁ、あ……♡ ごめなさ……ッ♡ ごめんなさいぃ”……」
 風耶とは対照的なよく鍛えられた広い背中と屈強な体を小さく畳んで、緋ヶ谷は小動物のように震えて首を振る。いつもの快活で風耶の不摂生にあれこれ口を出す姿とは正反対のそれだ。
「……いいです。手間が増えるだけで、処理の必要があることには変わりないんですから」
 そう言って、風耶の視線が逸れる。それにほっと息を吐く間もなく、ずるりと引き抜かれた雄にまた甘い悲鳴が上がる。
「ッ♡」
「とりあえず、本当に起きてる時間がないのでさっさと処理して寝ちゃいましょうよ」
 ほら、と差し伸べられた手を掴み、緋ヶ谷はベッドから降りる。一瞬体重のかけ方を誤ってがくん、と腰が震えたが崩れ落ちることなくなんとか立ち上がることができた。
「ぁ……♡……ぁ”、……ふ、ぅ……」
 内股をどろりと伝う精液に眉を寄せながら足を動かし、一歩踏み出すごとに中出しされたそれが溢れる感触に身を震わせる。
「……タッパだけ大きい子供を世話してるみたい」
「だ、れが子供だ…ッ! あ、ちょっ引っ張るな! 転ぶ!」
「貴方のペースに合わせてたら夜が明けちゃいます」
「だからって!」
「……ふらふらするのはいいんですけど、貴方の体格で巻き込まれたら私潰されちゃうので転ばないでくださいよ」
「わ、わかったから、手を離せって……ッ 一人で、歩けんだよ…!」
 掴まれた腕を振り払おうとして、逆に引かれてよろける。緋ヶ谷よりも身長の低い風耶が支えるには、それはあまりに無謀な行為だった。
「あっ、」
「いったぁい! ちょっと今壁に頭ぶつけましたよ! 一軒家で良かったですね!」
「お前が無理に引っ張るからだろぉ!」
 がたん、と大きな音を立てて壁にぶつけた背や後頭部を擦りながら、風耶は緋ヶ谷の手を引いて浴室へと向かう。
「……ここまで欲求強いなら、一人で処理する用の道具とか買います?」
「流石にちょっと…」
「でも緋ヶ谷さんここ一年少しは掘られるだけで使ってないんじゃないですか」
「……風耶お前男なめたらだめだぞ」
「後ろ触らずに一人でちゃんと出せます?」
「…………」
 思いっきり黙り込んだ緋ヶ谷に、風耶は面白がるように鼻を鳴らした。
「まあ私は別にそれでも構いませんけど」
「オレは嫌だよ。…なんかこう、恥ずかしいじゃんか」
「へえ? 羞恥心あるんですね。驚き」
「お前ほんっと失礼! 言っとくけど風呂上がりに全裸でフラフラしてるお前よかマシだぞ!?」
「私の裸なんて見慣れてるでしょう」
「そりゃ一緒に暮らしてんだしそう……だけど冷えるし良くないだろ。つか、妹ちゃんの前でやってなかったろうな」
「そりゃ妹の教育に悪いので…」
「その癖ついたのこっち来てからか~~」
 眉間を押えて呻く緋ヶ谷をよそに、風耶は脱衣所の扉を開ける。そのまま浴槽にお湯を張っている間に緋ヶ谷に気持ちだけ着せていたTシャツを剥いで、自分もさっさと服を脱いでいく。
「……ん、」
「なんですか」
 じいっと見つめてくる緋ヶ谷に首を傾げると、「なんでもない」と顔を逸らされる。そのまま先に浴室に入って行った緋ヶ谷を追って、風耶もシャワーのコックを捻った。
 
 ◆
 
「ふぁ……」
「眠そうですね」
 ざあざあと降る雨の音を聞きながら朝食を口に運ぶ緋ヶ谷に、向かいに座っていた風耶が言う。昨晩が昨晩だったのだ、無理も無いかもしれないが。
「…で、なんだっけ? 学部のディベート?」
「はい。これ食べたら出ます。日帰りなので多分…夜には帰ってこられるんじゃないかと」
「じゃあ今日はオレの方が早いのか」
「そうですねぇ。夜は適当に食べてください」
「了解」
「……」
「…なんだよ。流石に一日空けたくらいであーいうことはしねえよ」
「今日の用事が終わったら、たっぷり構ってあげますので。ちゃんと準備して待っててくださいね」
 にこ、と白痴美のかんばせを笑みの形に整えた風耶の前で、真っ赤になって固まった緋ヶ谷が箸を取り落とすのが見えた。
「……お前ほんっと、そういうところだからな!!」
「はい?」
「いやもういい。……行ってこいよ。オレは大学休む……」
「昨晩そんなはしゃぐからそうなるんですよ。……では、また後ほど」
 食器を片付け、諸々の支度を終えた風耶がにっこりと笑って家を出る姿を見送ってから、緋ヶ谷はずるりと玄関扉に背を預けて座り込む。
「……ああ、くそ」
 耳まで赤く染めた顔を隠すように両手で覆って、小さく悪態をつく。結局、オレはあいつに弱い。
「…準備なぁ、」
 がし、と朱色の頭髪に指が沈む。そういった機微に疎い風耶が珍しくやる気でいるならと、思ってしまったのも確かなのだが。……それから緋ヶ谷が気持ちを切り替えて立てるようになるまで、二時間と少しを使った。