夜九時と言ったところか。ぴぴ、と男の脇に差された体温計が鳴いた音に、眉を上げて持ち主がそれを抜く。メモリがやや平熱より高い値を示しているのに溜息をつき、緋ヶ谷はベッドへ転がった。
「カゼかねえ」
 基本的に体力も膂力も十二分にあり、なんなら免疫もついているだろうにやすやすと突破されてしまったのはやはり、秋口という季節のせいか。
 このところ気温差が大きかったからなあと思いながら寝返りを打つと、窓の外ではしとしと雨が降り始めていた。カゼのひきはじめに大雨もついてくると、流石に気分が悪い。なんせ、自慢の長髪は爆発するし、そもそも湿気た空気は緋ヶ谷のあっけらかんとした性格に合わない。その上洗濯物の外干しも効かないのだから、最悪もいいところ。
 はあー、と深くため息をついた緋ヶ谷は、とりあえず暖房を弱くかけ、ついでにまだ早いが冬用の寝巻きを取り出して着替え、ついでにサイドテーブルに水のペットボトルを設置して床についた。滅茶苦茶に暖かくしてやってなお身体がカゼをひきたいというならもう、お好きにどうぞと言った感じだ。
「長引かなきゃいいけどな……」
 呟きながら瞼を閉じ、早めに訪れた眠気へ意識を明け渡す。
 微睡みの中で雨音に、あまく懐かしいような感覚を覚えながら。
 

?水


 
 ――起きて早々、胸元の濡れた感覚に緋ヶ谷は眉をゆがめた。朝一番で感じるにはよろしくない感触である。何事かと思って布団から顔を出すと、肌着ごと寝巻きの胸元からがぐっしょりと濡れていた。
「……なんだこりゃ」
 呆れ半分、驚き半分といった声色で緋ヶ谷は独り言ちる。ボタンを開けて前面を出してみると、今しがた、こんこんと褐色の胸から良く映える乳白の液体が流れ落ちているところだった。
「……??」
 大前提として、緋ヶ谷は、男だ。加えて、男からは普通母乳は出ない。そのはずだが、とろりとそれは朝の曖昧な光を反射して、ひとすじ、ふたすじ、と緋ヶ谷の豊かな胸をただならぬ雰囲気に汚している。
「……」
 依然、真っ白な頭にそれでも潤滑油をついで無理やり動かしながら、とりあえず緋ヶ谷は昨日の出来事をざっと思い返す。
 怪しいのは熱を出してぼんやりとしていたくらいなものだが、はたと気づいて額に手を当てれば綺麗さっぱりその熱はどこへやら、寝起き早々で少し温いかな、程度のものまで下がっていた。
「……んえぇ……」
 なんとも言えぬ声を出しつつ、緋ヶ谷は頭を抱えた。一応昨晩熱は出していたわけだし、なおかつこれではとても大学に出られる状況ではない。とりあえずカゼと言って休みを出すとして、『これ』はどうするか。
 ……休んだところで、原因の対策は何ら出せていないのだ。このまま放っておいて治るものなのか、それとも病院に行くべきなのかすら分からない。そう考えると、段々不安になってくる。
「うぅ~ん……」
 とはいえ、なんとなく男なのに母乳が出てます、と医者に言うのは恥ずかしい。
 緋ヶ谷は頭を悩ませた。悩むうちに、ぽつ、ぽつ、と胸元に滴が落ちてくる。――散々出て来るタイプだと特に面倒極まる。良く世のお母様方は多くに次いだ諸問題を乗り越えて子を育て切れるな、と本筋からまたもや逸れた感銘をうけつつ、しかし緋ヶ谷はぴんと打開の手助けになりそうな相手に思い当たった。
「……頼ってみるか」
 枕元に置いたスマートフォンを手に取り、メッセージアプリを開く。緋ヶ谷にとって付き合いの長い親友であり、かつ肉体関係があるおかげでこういった話を躊躇なく出来る相手を兼ねる、風耶。更に生物学部にいるのだ、彼ならば何か解決策のひとつやふたつくらい容易く考察できるだろう。だって緋ヶ谷より頭良いし。なんて割と失礼な一言を頭の裏で足してから、緋ヶ谷はチラッと打ち込みざまに壁へ二枚貼られた時間割を確認してから、送信ボタンを押した。
『ちょっと、今から家来れねえか』
 ――まあ、別に風耶のことだ。今すぐ返信されなくても良いが、お得意の昼起きをぶちかまされるとちょっと困る。緋ヶ谷はひとつあくびをして、ベッドから降りた。
「とりあえず、シャワーくらいは浴びとくか」
 最低限の着替えと多めのスポーツタオルを手に、緋ヶ谷はバスルームへと向かった。
 ◆
「はいはい……って早」
「こっちは貴重な休日の睡眠をあなたの呼び出しで無駄にされたんですよ」
 風呂から出た瞬間チャイムがなったものだからと急ぎで扉を開けるなり、予想外の来訪者に目を丸くした緋ヶ谷の横を通り過ぎて、遠慮なく風耶が玄関へと上がっていく。いつも通りの口調で言いつつも、やや不機嫌な様子なのはご愛敬。
「早速で悪いけど、男でも母乳出る生き物っている?」
「……私が聞いた限りだと知りませんけど、それなら分類学とかの生徒とかに聞いた方がいいかと。私は細胞学専攻です」
「生物学ってそんな細けえの」
「……あなたに例えたら、バスケと野球とサッカーなんて全部同じボールを使うスポーツだって言うようなものですよ」
「ああ……? 色々あんだな」
「お互い、専門外の事柄ですから無理もありませんけどね。とりあえず基本的に授乳を雄が行う生き物はいてもごく少数、または未発見種でしょう」
 へえ、と緋ヶ谷から声が漏れた。
 
「……で、質問から推測するに緋ヶ谷さんが同様の状態になっているってことですかね」
「……まあ、言いにくい話になるけどな。じゃあ、逆にこうやって男でも母乳が出てくるみたいな病気ってあるのか?」
「完全に好意的な兆候でない、病気そのものであればありますね。身体的、精神的な要因、もしくは大豆の摂りすぎでホルモンバランスおかしくなって出てしまうことはあるようです」
「へえ。……流石に料理に使ってる程度じゃならないよな?」
「流石に毎日、大量摂取しているのでは無い限りはないと思いますけど」
 ふむ、と考え込む様子の緋ヶ谷をよそに、風耶は携帯で暇そうにパズルゲームをしていた。そこに緋ヶ谷の不機嫌そうな目線が注がれると、面倒そうにそれを一瞥して風耶は画面を消して携帯を置いた。
「……あとは、あまりに大量に出てきてるなら腫瘍とかも考えられますけど……数日から昨日あたりまでに、何か心当たりとかありませんでした?」
「昨晩ちょっと熱出たくらいだな。カゼでも引いたかと思ったんだけど今はこの通りピンピンしてるぜ」
 緋ヶ谷のその言葉に、風耶はまた少し眉根を寄せて考え込んだ。
 緋ヶ谷は緋ヶ谷で、風耶が知力フル動員で真剣に考えている姿を眺めながら、さらに昨晩の記憶を掘り返そうと試みる。が、やはり妙なことといえば微熱程度。熱を出す病気程度なら、それこそカゼを含めて星の数ある。風耶はほどなく思考を打ち切り、緋ヶ谷を一瞥した。
 
「……緋ヶ谷さんが良ければ、とりあえず手でわかる範囲で腫瘍とかがないか確認してもいいですかね」
「胸なんかお前には揉まれ慣れてるしいいよ。……えっちなことはなしな」
「生物学専門なので正直医者の真似っ子でしかないんですけど、それでも普通下心ありの触診とかまともな結果出ないのでやりませんよ」
 緋ヶ谷が気持ち胸を突き出したところを柔く揉み、また押し込み、怪しい感触がないかを風耶は確かめて回る。見た目にたわわと実った艶やかな褐色の胸筋だが、弛緩していれば母性を見出すには十分な柔らかさと弾力を持つ。目を訝しげに細めて集中する風耶のあたまの上で、やはりこの男に触られているというだけで、浅ましくひとりでに熱をあげてしまいそうになる身体を厭うように緋ヶ谷が息を吐いた。
「……特に異常はなさそうですね。やっぱり、病院で検査してもらったほうがいいんじゃないですか」
「んー……」
 歯切れの悪い返事をする緋ヶ谷に風耶は再び視線を向ける。緋ヶ谷はばつが悪そうに目を逸らした。
「……これ、吸うか絞るかで解決できねえか…?」
「応急処置にも満たない手段なんですけど」
「専門知識頼ったせいでなんか話拗れてる気がすんだよな……」
 どことなく居心地の悪そうに肩を丸める緋ヶ谷を見て、風耶は嘆息する。
「……治らねえなら治らねえで、行くから」
「と言われましても、うちは幼子の世話とは無縁でしたので搾乳器なんか持ってませんよ」
「だったら、」
「性的接触はなし、でしょう?」
 すう、と風耶の金糸雀色の目が咎めるように細まり、緋ヶ谷をとらえる。その冷徹にそめられた途端、冬の息吹を吹き込まれたように緋ヶ谷の背骨をぞわりとした感覚が這い上がる。――何を隠そう、緋ヶ谷はこの男の瞳というのにとてつもなく弱かったので、また緋ヶ谷は無意識のうちに唾を飲み込んでいた自分に気づき、感覚冷めやらぬうちに小さく舌打ちをした。
「……撤回する」
「結構」
 ふっと狡猾に微笑んだ風耶は、緋ヶ谷の手を取り指を絡める。陶器のようにかわいて、やたら生ぬるいその体温がまたどうしようも無くおそろしくて、うつくしいのだ。
「全く仕方ない友人を持ったものですよね」
「元々は、他人の胸を遠慮なくベタベタ触る奴のせいだろ」
「力技で抵抗されれば私なんてかよわいものなのに、律儀に気持ちよくなってる緋ヶ谷さんの方にも非があると思いますけどね」
「っせぇなぁ」
 売り言葉に買い言葉というように、凡そムードに欠けた言葉を交わしながらも、寝室の扉を後ろ手に閉めた風耶が促すように目を配れば素直に緋ヶ谷は寝床へと腰をかける。シャツを捲れば、布の刺激か、芯を持って期待に乳を滲ませる、たっぷりとして豊かな褐色の胸筋があらわになる。母乳問題を差し引いても日頃から風耶に可愛がられている乳頭は、やや好奇的に指先で触れられただけで大袈裟なほどに緋ヶ谷の肩が跳ねた。
「……あ、……ぅ゛、ッ」
 ゆるりと焦らされるように胸全体を揉み込まれ、かと思えば急に先端の突起を強く摘まれる。緩急のついた愛撫が、緋ヶ谷の呼吸を浅くさせ、熱を上げていく。
「は……、……ッ♡ んな、ことしてる場合か…!」
 普段の緋ヶ谷なら素直に善がっていたところだが、あくまで今回は別の目的がある。風耶の手首を掴み、反抗的な目線を向けると、くすりとあやすような笑みを向けられた。
「注文多いですねえ」
「うるさ……、い! ……ひ、ッ!?」
 文句を遮るようにして風耶が片方の胸に口をつければ、突然のことに思わず上擦った声があがる。
「あ、ッ♡ こら、風耶っ! 待てって、言って…ッ!」
 ちゅ、と控えめな音を立てて吸われ、舌で転がされると、じんわりと染み出すようにして母乳が溢れる。それを舐めとられる度にびくつき、喉を仰け反らせる緋ヶ谷を横目に、風耶は暇になっているもう一方を乳輪をなぞり、指先で焦らすように責め立てる。
「ん、っ……あ、! ……はァ゛、あ……」
 見た目から、音から、強く倒錯めいた快楽が襲いかかる。ばたばた、と跳ね上がる足を抑えつけて甘ったるい声で鳴きながら身を捩る緋ヶ谷に、風耶は更に深く乳輪を口に含み、促すように吸い上げる。
「~~……ッ!! ♡」
 とぷ、と先程より量を増して溢れ出た液体が、勢いのまま風耶の薄い唇の端から零れ落ちていく。それを勿体ないとでも言うかのように、風耶は親指の腹で拭いとると、指についた乳汁をぺろりと舐めてみせた。
「悪戯に躊躇していたらいつまで経っても終わりませんよ」
 風耶は、既にぐずぐずに蕩けはじめている緋ヶ谷の身体に視線を落とす。ぷっくりと赤みをまして主張する乳首からは絶えず乳汁が滴り、細かに痙攣する太もものラインを目で追うと、物欲しそうに痛いほど勃起した緋ヶ谷の雄がテントを張って、その頂点をぐっしょりと先走りに濡らしている。とはいえあわれな雄の姿に同情するような人間ではない風耶は、依然としてかわりなく、焦らし尽くすように緋ヶ谷の乳輪を責める。
 その度に緋ヶ谷の精悍な眉が切なげに歪み、汗ばんで艶の深い褐色の肉体が火の灯るように紅潮していく様を、風耶は愉快そうな眼差しで見つめていた。
「……ッ……あ゛……、もぉ、いい加減にしろよ、ッ」
 張り詰めた雄への刺激を望んでねだるように浅ましく腰を揺らす緋ヶ谷を咎めるように、じゅう、と強めに乳頭を吸われてしまえば、緋ヶ谷はたまらないと言うように肩を跳ねさせ、首を横に振る。
「あ、ッグ♡ おま、えッ……ほんっと、性格悪いな……!」
「どこが?」
 唇の触れたまま喋られるだけでも快楽を得てしまうようで、びくん、と緋ヶ谷の胸元が震える。どうやら今日の風耶は羞恥に震える緋ヶ谷を玩びたい日のようで、こんな時に限ってタチの悪いやつだと緋ヶ谷は心の中で強く悪態をついた。
「ふ……ッ、ん、……ッ」
「ほら、早く言わないとずっとこのままですよ」
「……ッ、はぁ……ッ や、だ……」
 胸の尖端に歯を立てられ、ぐり、と舌を挟んで刺激されれば、鋭い悦びに応じてぴゅるりと母乳が吹き出す。
「ん……ッ は、…ッ、ァ゛あ…! ♡」
 それを吸い取るようにちゅう、と強く刺激されると堪らずに声が漏れ出してしまうようで、甘い声を嫌がって、緋ヶ谷はまた抑えるようにふるりと首を振って耐える。
「ん、ぅ……♡……ふ、ッ!」
 緋ヶ谷が声を押し殺せば押し殺すほど、風耶の手付きが執拗なものになることを緋ヶ谷はよく理解していたが、それでも我慢せずにはいられない。しかしそんな緋ヶ谷の努力を嘲笑うかのように風耶はわざとらしくリップ音をたて、更に責め手を過激化させる。
 ぢゅ、ちゅく、と聞くに堪えない淫らな水音が耳を通り抜ける度、ぞくぞくと緋ヶ谷の背骨を羞恥から由来する歪んだ快悦が支配する。蕩けた頭はとっくにタガが外れてしまっていて、発達した大腿を弱々しく震わせ、あわれな程に解放を望み張り詰める雄のさみしさに瞳をうるませて喘いだ。
「……ッ♡……ひ、ィ……!」
 風耶の舌先が乳頭の窪みをなぞるように動くと同時、もう片方の突起を強く摘まれると、緋ヶ谷はもうどうしようもないというように体を丸めて身悶えてしまう。吹き出す乳汁は快楽の積み重なる事に量を僅かながら増し、それに比例するようにして緋ヶ谷の身体はどんどんと法悦に熟れてゆく。じっとりと汗に湿った肉体が、淫らな艶を反射する豊かな乳が、剛健な男らしさとは裏腹に糖蜜のようにあまい、牝のような淫猥さを覗かせて異様な色気をまとって見えた。
「ッ、はぁ……」
「強めに刺激すると随分出てきますね」
「~~ッ♡」
 こちらの心を見透かすように微笑む風耶の綺麗な瞳に捕らえられて、ぶるりとひとりでに緋ヶ谷の身体が震える。放心した身体を続けざまにかり、と軽く爪を立てられると、その刺激すら心地よく感じてしまって仕方がないらしい。緋ヶ谷の喉奥からは媚びたような甘い吐息が漏れ出し、それが嫌でたまらなくて、緋ヶ谷は必死に唇を噛み締める。
「……ッ! ……は、~~……ッ」
 吸い付きどころがいいのか、それとも高ぶってきているのか十分乳汁の出が良くなった乳頭への愛撫を続けつつ、風耶は器用に片手で緋ヶ谷の身体中をまさぐる。腹筋の割れ目を辿り、脇腹をくすぐり、時に、きつく腰骨を掴んで指先を滑らせる。
「……ふ……ッ、……ぅン……ッ」
 汗ばんだ濃艷な肉体をくねらせ、喉を引き攣らせる緋ヶ谷の腰までやってきた風耶の手が、しくしくと与えられぬ悦びにさみしがっていた緋ヶ谷の雄を覆う被服を勢いよくずり下げる。
「!? …ま、待っ……♡」
 突然の暴挙に驚く緋ヶ谷とは裏腹に、散々焦らされて限界寸前だった彼の雄は外気に晒されただけでも喜び勇んで脈を打つ。まっしろで骨ばった、彫刻のようなひややかな風耶の手が竿へ滑り込むように触れられるだけで、快楽に支配されてしまって抵抗を忘れた体がびくん、とあわれに震えた。
「あ、ッ!」
「元気ですねえ。お胸しか触っていないのにもう限界そう」
「……~~ッは、」
 優しく握り込まれ、上下に扱かれるだけでも、〝その〟快楽に慣れ親しんでしまった緋ヶ谷の体は従順に反応してしまう。先端から溢れる蜜が、風耶の掌と緋ヶ谷自身の性器の間で卑猥な音を立てる。重たく実った玉袋が、待ち望んだ吐精の気配にきゅうきゅうと疼いて止まない。
「あッ……、ぉ"ッ! お、ぉ"……♡ っ――!?」
 だと言うのに、追い詰めるように溢れた乳汁を吸い上げる勢いも強まって、今にもおかしくなりそうな身体ががくがくとやり場のない法悦に戦慄いた。
 そんな様子を風耶は楽しげに見つめながら、更に強く吸い上げる。その乳管を乳が通るようなことすら、今の緋ヶ谷には過ぎた感覚だった。
「あ゛ッ、! イ、ク……、イグ……ッ♡」
「はい、どうぞ」
「ッ……ん、 ~~ぅ゛ッ!! ♡♡」
 快楽への辛抱に屈した瞬間絶頂を迎えてしまった緋ヶ谷は、全身を痙攣させながら、余韻に蕩けた表情を晒す。びゅう、と一際母乳が吹き上げ、あわれに泣き噎せいだように雄も吐精する。最初から最後まで扱かれて出されるより勢いに欠けたその射精に、もどかしそうに曖昧な吐息が吐き出された。
「……、くそ…っ」
「緋ヶ谷さんってこういうところ強情でかないませんよね」
「そりゃ、そうだろ…ッ」
 風耶が呆れたような声を上げると、それに呼応するように緋ヶ谷の身体はびくりと震える。どぷどぷと精液を吐き出して潤みを含んだ鈴口を、指の腹でくじられて声音が跳ね上がったようだった。
「ぁ…っ! ♡ ……ほんと、素直にちゅうちゅう吸い付いてくるのが、かわいいとか思ってたら、…これだよ…ッ」
「勝手に一般成人に母性感じないで欲しいんですけど…………」
 と言われても、緋ヶ谷の認識で言えば日頃ベッドに落ちてるところを叩き起して世話してやっている風耶は正しく反抗期の子供みたいなものであって、僅かながら生活面では「できないやつ」と評価している余波か、それとも日頃の母性の具現化か。
 ――親友の男に乳を吸われる倒錯と共に、その裏側では、たしかに愛らしいこどもに授乳する歪んだ悦楽にも縛られていたのは否定しようもない事実だった。
 一度達したせいか、壊れた水道のように、ぼたぼたと高頻度で乳の雫をこぼし始めた乳頭を恥ずかしがるように胸に手を添え、緋ヶ谷はもじもじと目線を泳がせる。
「……なんつうか、…したくなってきちまった」
「旺盛ですねえ」
「さんざっぱら虐めたお前も大概だろ」
「責任転嫁は良くないですよ」
 本当に緋ヶ谷がほしがっている時に限って決定打をよこさない、この悪魔めいた男に緋ヶ谷は思わず舌打ちする。悪態をついたようにベッドに転がって見せれば、風耶の方もそれを察しているのかくすりと笑って、恵体をかき分けるように控えめに覆いかぶさった。
「ゴムとかどこにやりました?」
「ランプ乗ってるそこの引き出し」
「あぁ」
 相も変わらず呑気そうな声音の後に、サイドテーブルの引き出しが動く音と、何枚かのスキンと潤滑油のボトルが置かれる気配を聞く。
「さて……、まず慣らしましょうか」
 粘液の絡んだ指が、弄ばれてふっくらと縁の盛り上がった穴を撫であげる。務めて息を吐き、つぷりと侵入を許せば、きつく、あつい胎内が風耶の指を迎えた。
「ん゛ッ……、ぅ……♡」
「まだ指で遊ばれてそう経たないというのに、もう吸い付いてきてかわいいですね」
「誰の、せいだと……っ!」
「許した貴方も、私と同罪ですよ」
 薄ら笑みを浮かべる風耶に眉を寄せたのもつかの間、ぐち、と粘質な水音を立てながら内壁を掻き回される。
「っ、はぁ……ッ」
「気持ちいいですか? ほらここ、好きでしょう」
「ッ~~お゛ッ、」
 とん、と膨れた前立腺に指を振り下ろされれば、もう緋ヶ谷は喉をしならせて仰け反らせて喘ぐしかないほどには出来上がってしまっていた。好きな男の、凄艶な笑みと声を脳みそに流し込まれる度に、すっかりくたばって開いた太腿が法悦に歓び、恵体が淫らにくねる。乳汁をこぼす乳に唇を落とされれば、それだけで緋ヶ谷の頭からは理性が消えていくようだった。
「……ぁ、ァあ゛ー……っ! やべ、これ……」
 もはや吸って促せば素直に母乳を吹き上げるようになってしまった緋ヶ谷の豊かな胸筋にやわく歯を立て、舌でねっとりと舐めあげられれば、堪らない快感が背骨を伝って腰へ響く。そこを狙うように胎内の指がくるりと焦らすようにしこりの周りをなぞれば、びくん、と単純な緋ヶ谷の身が大きく震え、上がった吐息を押し込めるように瞼を閉じる。
「簡単に気持ちよくなっちゃう体になりましたね」
「…ッはぁ゛、…ぅッ…ん、…責任、とれよな…」
「強情なところだって、かわいくて私は嫌いじゃぁありません」
 そう言いながらも風耶は指の動きを止めず、むしろさらに強く、そして執拗に責め立てるように前立腺ばかりを虐めてくるものだから、緋ヶ谷はたまらず身を捩って逃げようとするが、ベッドボードに肩を押し付けるだけに終わる。
 真っ赤になって母乳をだらしなく垂らす乳頭も時折構ってやり、時には媚穴を休ませて乳だけ執拗に可愛がってやるなど、巧みに緋ヶ谷の身体を追い詰める。
「ぅ、ぁ゛あッ! ♡ なぁ、ッそれ、やばい……!」
「イキたい?」
「ぃ、ひ……ッ、」
「どうしたいんですか」
「……ッ」
「言わないと分かりませんよ」
 風耶の問いかけに、緋ヶ谷は口を引き結んで首を振る。察してくれといわんばかりの表情に息をついて、乳頭をくい、とリードのように強く引っ張る。圧力がかかってしまって乳汁がせき止められ、痛覚に緋ヶ谷の顔が歪む。
「っ! ぁ゛、い、……ッ♡」
「欲しいなら、ねだらないとダメですよ」
「……は、」
 その、陶器のような瞼が愉悦に歪むのを、ぼうっと惚けた目でしか見ていられない。けれど、もっと深い悦楽に叩き落とされるための他の手段など、少なくとも今の理性の飛びかけた緋ヶ谷にはなかった。
「ッ……♡」
 羞恥に頬を染めて、緋ヶ谷は唇を開く。
「……ぉ、」
「聞こえない」
「……~~ッおまえ、のっ、ほしい…!」
「ん、ふふ。よしよし」
 愛でられるようにわしゃ、と撫でられ、離れる手に一抹の寂しさを覚えた後、ゴムの封が切られる音がした。
「では、」
 
 囁かれる声にぎゅっと緋ヶ谷が目を瞑れば、たっぷりと熱を湛えた雄が、緋ヶ谷の体を最初に割り開いた愛しい陽物が、ゆっくりと縁を押し込み、熱い肉の内部へ迎えられていく。
「ぅ゛、あ゛……ッ」
「……っ、」
 ともすれば望んだ質量にうねり絡みついてしまいそうになる媚肉を務めて開こうとしながら、緋ヶ谷はなんとか呼吸を整える。
「は、……っ! っ♡」
「……まだ半分も入ってませんよ。今日の緋ヶ谷さん、なんだか堪え性ないですね」
 耳元で、流麗な声を流し込まれれば、それだけでぞくりと背筋を快が走る。
「ッ…… ひぃ゛、うッ!? ぁ、ア゛……!!」
 ふるりと首を振った緋ヶ谷に、風耶が笑う気配がして思わず顔を逸らせば、咎めるように胸の先端をきつく摘まれてしまう。ぷくりと滲んだ乳汁さえ尖った舌で舐め取られて、緋ヶ谷は体を落ち着ける暇もない。
「ん、…ふふっ、私の声だけでこんな気持ちよさそうにするんですね」
「っ……!! ちが、……っぁ゛あ゛♡」
「恥ずかしがる理由なんかないのに。私の声、緋ヶ谷さん好きですもんね。いっぱい褒めてあげましょうね」
「ぁ、あ゛……っ♡ や、めろってぇ……」
 自在にうねる媚肉を弄ぶようにゆっくり抜き差しされて、甘美な痺れが身体中を巡る。
「ぁ゛、あっ♡ そこ、……ぅ、ぁ……!」
「ここ?」
 鸚鵡返しをするように、無垢なふりをした風耶の雄に前立腺をぐちゅん、と押し潰され、緋ヶ谷はたまらず腰を跳ね上げて喘ぐ。粘度の薄い母乳を溢れさせて悦んだ身体が、また新たな快楽を求めて疼いた。壊れかけのくびが何度も反芻するように頷き、はふ、と吐息を漏らして喘ぐ緋ヶ谷に風耶が微笑み、今度は小刻みに体を揺さぶる。
「――~~ァ、あ! うそ、ゃ、ッやば、イキそ……ッ♡」
「もう? 随分早いですねえ」
「うるせ、ッ……♡ ぅ、あァ゛、ッ、なぁッ、やばいんだ、って、それェ゛……!」
「ほら、気張って。大好きな女の子抱いても満足させてやれなくなっちゃいますよ」
「ン、ぅお゛、ぁ……ッ♡ はぁ、あ……!」
 ぐり、と奥までねじ込むように突き入れられて、視界が白んで、明滅する。
「ぁ、……ッ♡……~~ッ♡」
 達しそうになるのを、健気にもほとんど意地だけで抑えようとすればその瞬間を狙って乳頭を強く噛まれる。
「ぃ、あ゛……ッ!?」
 心臓が鳴いて、眼前に散っていたスパークが、ぱちん! と強く弾けた。
「ッ、フーッ…! …ッ、ォ゛…ッ、ぁ…は…、ぁ゛ー…ッ♡」
 脱力しきった内腿をひくりと淡くわななかせながら、背をそらして、何度か体を震わせる。痛みと悦楽を綯い交ぜにして達してしまった肉体は、しかしまだその余韻に浸ることを許されず、再び繰り返された抽挿にもはや抗うことなどできなかった。
「ひぃ゛、ぅ♡……ッま、だイッてん、だよッ! ぁ、待っ……!!」
 絶頂を迎えたばかりの身体には過ぎた刺激に涙を浮かべ、緋ヶ谷は足を跳ね上げてばたばたと抵抗を試みる。が、咎めるようにぎゅう、と乳頭を強く摘まれてしまえばその衝撃に硬直し、直ぐに弱音を上げてしまう。
「ぁ、ッ! ィ゛…~~ッ」
 強く摘まれた衝撃でひりついて真っ赤になってしまった乳頭にふう、と風耶が息を吹きかけると、それすら悦となるのかびくついた小麦色の乳肉がしなやかに揺れ、堪らぬ官能を漏らして誘う。
「ぁ、あ゛ッ♡ だめ、だって……! も、ほんとッ! おかしくな、っちまぅ゛……ッ」
「だめ、じゃなくて気持ちいい、って言うんですよ」
「っ……! ん、ッお゛♡ …~~なッ、やめ、ぇッ」
 反抗的な態度をとる度にと風耶が重い律動を打ち込めば、既に次の絶頂の準備を終えてしまってうずうずと快楽に臨む緋ヶ谷の体が歓喜に震えて悦びの声を上げた。
「ぁ、ああ゛……ッ! ぃ、いく……ッ♡ イクから、ッ~~ぁあ、くそ…! やば……っ♡」
「ん…ふふっ、ひどい顔」
「ひっ!? ぁ、あ゛ァ゛……!! やめ、ぇ゛っ……♡」
 きつく締まった胎内で雄が膨張して、敏感な前立腺を押し潰される感覚に泣きじゃくって喘ぐ度、ぴゅる、と吹き上げた乳があまい褐色の頑健な肉体を淫靡に彩り、室内を乳の芳香で満たしていく。増した湿気に息を継いで、風耶は目の前の肢体を手篭めにしようと改めて頑健な腰骨を掴んで最奥に押し付ける。そうされると緋ヶ谷はもうだめで、喉がしきりにひきつって細い吐息しか出なくなってしまった。
「ふ♡ ぅ、お、お゛ぉッ! …ッ!? ぁ、あ゛~~っ、 イ、っく……!! また、またッ、イ゛ッ……♡」
「何回でも、どうぞ」
「ぉ、ぁあ゛……~~ひゅッ♡ や、やば、っ……、 ぉ、おかしくなるぅ゛う゛……!」
「気持ちいいところいっぱいで、おかしくなっちゃいますね」
 微笑むような声で導かれ、乳頭をぐり、と押し潰されて、脳髄が痺れる。快楽の隷奴と化してしまった緋ヶ谷の身体は、貪欲に法悦と風耶の欲望を求め、しまいには品もなく、自ら腰を振りたくって雄を奥へ奥へと誘い込んでしまう。
「ひぃ゛ッ! ぃ、いぐ、またイ゛ッ……♡ ぅグ、ぁ゛――…ッ!」
 がくがくと痙攣しながら絶頂を迎え、甘い歓声を上げて緋ヶ谷は鳴く。
「ぁ、あ゛――♡」
 上擦った声と乳の甘い香りで満ちた中で、さすがに風耶もそろそろ限界らしく、緋ヶ谷の腰骨を掴む手に力が篭もる。
「ひ、ぁア、がっ♡ ん゛ん……~~ッ♡」
「……ッ、」
 最奥を穿つようにして突き上げ、同時に乳首を捻り上げるようにつまみあげれば、その瞬間にきゅうぅっと締め付けられて、思わず声にならない悲鳴をあげて緋ヶ谷が達すると同時、腹の奥で胎内を虐め抜いていた雄が熱く脈打つのを感じた。内腿に力の入るまま逃しはしまいと本能的に、風耶の腰をつかまえるように足を巻き付けて浅く呼吸を繰り返す。責め苦から解放された乳頭が、絶頂にだらしなく母乳を吹き出して悦んだ。
「ぐ、ぅう゛…、ぉ゛ッ! …ァ゛、は……♡」
 ずるりと引き抜かれていく雄を引き留めるようにして絡みつき、離そうとしない肉壁が、やがて完全に抜かれると、喪失感にか切なげにひくりと疼いて、まるで女のようにとろとろに解れた秘孔から、とろりと粘液の糸が引いて、落ちた。
「……ッ、はぁ……あつ、」
 汗で張り付いた長い前髪を粗雑に掻き上げて、風耶が息をつく。ゴムを縛って捨てる慣れた所作や表情がどこか様になっていて、つい見惚れてぼんやりとしてしまっていた緋ヶ谷だが、はっと我に帰るなり慌てて目を逸らした。
「……?」
 風耶が不思議そうに見つめてこようとするところを、「なんでもねえって」と誤魔化して、緋ヶ谷は布団を被って隠れてしまった。布の狭間から、ちかりと綺麗な金糸雀色の目がこちらを覗くのが見えて、緋ヶ谷が身をすくめると小さく笑う気配がした。
「お布団被っちゃったら緋ヶ谷さんの素敵なお顔が見えませんよ」
「……うっせえ」
 ふふ、と穏やかに笑う風耶の声に、拗ねたような返事が返ってくる。緋ヶ谷が潜っている掛布団が、ほんの少しだけ持ち上がった。
「褒めても何も出ねえぞ」
「今の緋ヶ谷さんなら色々出ると思いますけど」
「セクハラ!」
 がば、と勢いよく布団から飛び出してきた緋ヶ谷の顔は、真っ赤に染まっていた。腕に押されて谷間を作る胸筋の方にちらりと目線をやると、やはり未だに乳汁は溢れているが色もやや薄く、量も減少している為放っておけば治りそうな様子である。
「……なんというか、最初っから最後までよく分かりませんでしたね」
「〝専門家〟の知識、役に立たなかったな」
「まだ学生ですゆえ、あくまでちょっと他の人より詳しいくらいですよ」
「ん、…でもまあ、一応解決できそうだし良いんじゃねえかな」
 緋ヶ谷が軽く肩を回すと、それを見た風耶がくすりと笑った。
「……つか、昼飯どうする? 結局長引いて昼になっちまったけど」
「サイゼリヤとか……」
「あぁ家計にやさしい」
 そんな会話をしながら、緋ヶ谷が財布を手に取り、替えの服をクローゼットから出す。ゆるりと風耶もシャツとパーカーを拾い上げたところで、緋ヶ谷が、あ、と声を上げた。
「……家出る前に一回シャワーとか浴びてこうぜ」
「あからさまにさっきまで〝して〟ましたって雰囲気で外に出るのが嫌?」
「や、まぁ……」
 緋ヶ谷は、その広い背中をやや縮めて、しおらしい様子でもごもごと言い淀んだ後、ちらと風耶を見やる。風耶は首を傾げて、続きを促した。
「……さすがに、恥ずかしいだろ」
 同意を求めるような声音だったそれに風耶はふーん、と興味なさげに返し、しかし、すぐに口角を上げていつもの薄ら笑みを浮かべた。
「緋ヶ谷さんにもかわいいところあるんですねえ」
「馬鹿にしてんのかお前」
「と言うのは冗談で、私も汗流したいのでそう言うならそれで。二人一緒に入って上がるでも構いません」
「……好きにしろよ」
 緋ヶ谷は照れくさそうに視線を逸らす。風耶はその横顔を眺めながら、そっと微笑みを深めて、指先を絡めた。
「なんか風耶お前、やたら機嫌いいな」
「緋ヶ谷さんにたっぷり悪戯を仕掛けられたので、それで機嫌がいいだけです」
「ほんとに性格悪いな」
 
「その性格も趣味の悪い男に惚れた貴方も、同罪ですよ」
 ――結局のところ、この凄艶な笑みに緋ヶ谷は抗えないまま。最初に、この男に抱かれるべきと惚れたのはこちらの方だったのだから。

あとがきなど

エロ本にあとがきなんかねえよ うるせえよ 俺が最強