滑らかな長髪を分けた先、項の骨を性急に噛まれる感覚に、緋ヶ谷の広い背が震える。噛まれた痕をたくましい手指がなぞり、僅かな疼痛にその精悍な眉根が忌々しげに寄る。
「こら、」
こどもを咎めるような淡い声音を気にもとめないように、後ろで笑う気配があった。
のしかかる熱にすっかり熟れた恵体はたやすく期待を覚えてしまって、腰骨をつかまえる細い手指すら振りほどけない。――今これを組み敷いている青年の力量それそのものより、もっと重く、強い被虐の枷が他ならず緋ヶ谷を縛っているために。
「……ッあ、!」
ずん、と奥まで突かれて思わず仰け反った耳元へ流れ込む惚れた男の吐息と笑みに、ぞくりと駆け上がる悪寒に似た快感はやがて確かな悦楽となって、責め手よりずうっと壮健な肉体を支配する。
「噛まれるのは、嫌?」
じゃれるような凄艶な囁きに、その実逃げ場なんか一切用意されていないことなど賢い緋ヶ谷はすっかり理解していた。その上で、曖昧に首を振ってぼかせば「つれませんねえ」なんて、見透かしているだろう男の機嫌のよさそうな声音を聞く。
「お前、ほんと人の嫌がることすんの好きだよな」
「今更ですか」
そう含んだ、風耶の凄艶な笑み。うっそりと金糸雀色の綺麗な瞳が細まるさまに、緋ヶ谷のやわらかい心臓がきゅうと甘く鳴いた。
汗ひとつかかない、温度の低い手指に顎をすくわれて唇を重ねられれば、合間に抽挿を差し込まれ、無防備になった唇を舐められる。
「は、……ン、…」
上から、下から、体の中で響く水音に絡め取られそうで緋ヶ谷が厭うように顔を逸らす。それを許さず追いすがるようにして、口内を犯してくる舌先に怯えた厚い舌をいざなわれて、引き出される。なぞる舌根の絡みつく音を恥じた。
「ん、ぅ……ふ、ッ」
歯列を辿られて上顎を擦られた途端に、ぐったりと脱力してしまった肢体を抱きしめて、雄がずるりと抜かれていく。すっかり牝の悦楽を知って絡みつく胎壁を、無遠慮にがりがりと引っ掻かれていく期待に緋ヶ谷がひくりと喉を引き攣らせて、咽いだ。
「ァ”、~~…ッ♡」
ばたばたと、上がる息に抑えられない褐色の足首を風耶の細い足が抑え込む。つま先で咎めるように弱い足裏の皮膚をなぞってやれば、接吻の間に蕩けるような視線を送っていた瞳がついにわなわなと震えては閉じてしまう。
「目、閉じちゃうんですか」
「ぁ、……」
涙で滲む金環が恐る恐る開くのを見て取って、風耶が満足げに微笑む。
「ああ――…、~~ッ!! ♡」
ずぶずぶと、再び侵入してくる熱の塊に、緋ヶ谷の、均整のとれた腹筋が痙攣する。
「あ、ぁ、ア”、……!」
びく、びくん、と跳ねる腰を押さえつけて最奥を穿たれると、緋ヶ谷の脳髄でばちばちと閃光が咲く。
すっかり出来上がってしまって、好きな男の精を貪ることしか考えられない媚肉の隙間を無遠慮に押し広げ、揺すり上げて、腹側の前立腺を亀頭でごりゅごりゅと押し潰されて激しく泣き喘ぐ緋ヶ谷の顔を覗き込んで、風耶が意地悪く笑う。
「お好きでしょう? ここ」
「あ”、ッ! や、だ、そこぉ、やめろ……!!」
「嘘つき」
ぎゅう、と根元まで嵌められたまま腰を押し付けられ、ぐり、ぐり、と何度も執拗に捏ね回し、歓楽の味を刻みつける。
「嬉しそうに絡みついてくるくせに」
「ぃ、や、言うな、ッ」
羞恥と快楽に濡れた蜂蜜色の眼差しが、必死で背後を睨み上げる。
「かわいいですね」
「……ッ、」
綺麗な瞳が、きゅうと細くこちらを見る度に、魅了された体がひとりでに震えて法悦にくねる。誰がどう見ても気持ちよくなってます、というような快楽でとろけた緋ヶ谷の表情を堪能したところで、一度腰を引く。
「……ぁ、抜く、な…っ」
〝また〟あれが来る、と怯え混じりの期待に緋ヶ谷は引き締まった尻肉を押し付け、乞うようなだらしのない所作で悦を誘う。腰骨を掴んでそれを遠ざけてやってから、がつ、と一気に突き入れると、上擦った悲鳴が部屋に響いた。
「あ〝、ォ〟ッ!? ♡ゃ、はやい……ッ!」
「っは、……っ、締めすぎですよ、……ッ!」
「あ、あ〝ー、…ッ♡ とまぇ〟、とま、れ! ッこれ、やばぃ”…!」
「無理です……っ」
「ァ、ひッ♡イ”っ…………~~ッ!! ♡」
がく、がく、と絶頂に震える緋ヶ谷の体を抱え直して、そのまま律動を再開する。
「ィ〝、っ、てる、いっでるぅ! おれ、ェ〟…~~ッ、!! ♡ ぁ…ッグ、うぉ”♡」
反射で閉じてしまった緋ヶ谷の大腿に無理やり膝をねじ込んで、腰をつかう。
手荒な動きに振れる緋ヶ谷の雄からは、だらだらと待ち呆けた犬のように精が勢い弱く垂れて、シーツに汚れを残した。
「ぅあ”~……ッ、♡」
「は、……ッ」
達したばかりで敏感な腸壁を容赦なく擦り上げればまたすぐに昇りつめて、限界そうに、精悍な眉を歪めて緋ヶ谷が泣き喘ぐ。
「も、むり……ッ、むり、しぬ! ♡ぃ”、きッぱなし♡ だせ、はやくッ!」
生意気な口を叱るように、脱力して柔らかに揺れる胸筋を捕まえ絞るように揉みしだいてやれば、それだけで背を仰け反らせて「お”♡」などと品もなく悦んだ声をあげるものだから、本当に救いようがない。
合間にあやすようにとんとんと前立腺をやわく叩いて責めてやると、素直な体は途端に従順になって甘く緩んだ。
「ぁ”、それだめ、ぃ、いい、い……!」
「…どっちですか」
「あ〝、あ〟~……!! すき、ッぜんぶ、……~~ッ!」
「欲張りさんですね」
「ン〝、ぁあ〟!! ♡ ぉ〝、お〟……ッ!」
ぎゅう、と一際強く締め上がった媚肉に、風耶の眉根がわずかに寄る。腰骨を掴む指先が白んだのを誤魔化すように、肩口を赤く染めて泣き喘ぐかたまりに額を寄せて息を詰める。
「ッ……」
「ぁ、いく、ッィ”、く! ~~っ、!! ♡」
びくん、とひときわ大きく跳ねて、緋ヶ谷が吐精する。
その後隙に、首筋に食い込む歯の感触と胎内で脈を打つ愛しい熱を覚えて、ぼんやりと風耶の顔を眺めた。
「…また噛んだ」
「ふふ、すみません。つい」
「痛いんだけど」
噛み跡をかばうように指で触れる緋ヶ谷の不満げな顔を見て、風耶がくすりと微笑む。
「いつもは誰に対してもニコニコしているくせに、こういう時だけ素直じゃないのだって私は好きですよ」
「お前だけだよ」
ふうん、といっそう機嫌を良くする風耶にむかっ腹が立って、どんと肩を押して細い身体を組み敷いた。構わず首筋に噛み付いてやれば、「いたっ」なんて気の抜けた声が上がる。
「何するんですかぁ」
「仕返し」
ため息をついて、緋ヶ谷はごろりと寝っ転がってシーツを手繰り寄せる。その隙間から、風耶が気にしたように赤い噛み傷に手で触れる姿と、まろい白月の輪郭のような白い肌質と噛み傷のコントラストを見て、くらりと酩酊に似た感覚を密かに覚えた。
――まったくシンメトリそのもののような造形の、うつくしい人間。性格的に緋ヶ谷は合わないところもいい所だったはずが、なんだかんだその魔性に絡め取られたままこの男といちばん近しい距離で生きている。
この男の微笑みや瞳のいろというのは、妙に蠱惑的で、打算的なところとか頭の回転がいいのが覗いて、あとはほんの少し――普段は見せてくれない――感情の色が滲むので、思わずふらふらと立ち向かって惚れ込んでしまうのだ。
「ん、」
ぱし、と細かなまつ毛がひとつシャッターを切って、あとはこちらを覗いている。興味深そうにその金糸雀色を細める姿さえ、ひどく絵になるのだからずるい。
「そんなに見つめられたら、穴があいてしまいそう」
薄い唇だけで笑うその凄艶に、緋ヶ谷のしつけられた脳髄がぞくりと疼く。
「すまん、つい」
視線が絡まって、緋ヶ谷は操られたように小さく謝った。それを気にもとめていないように、整った風耶の指先が緋ヶ谷の顎をとらえて、上向かせた。
薄暗い部屋で、ふたつの金色が絡み合い、互いの影を反射して、きらきらときらめく。
そうして、そのままふたりはどちらからともなく、口付けた。
「……っ、ぅ、」
舌を吸われて、上顎をなぞられて、喉の奥まで舐められて、緋ヶ谷は堪らず声を漏らした。それさえも飲み込むように、角度を変えて深く貪られる。
「ッ、ふ、」
爪を立てるように性急に耳元を手指で塞がれて、いっそう頭の中で粘っこさを増した水音に、ぞわりとした快楽が背筋を駆け抜ける。
「ン”……ッ! ♡」
無遠慮にも、唇を弄される向こうでちかちかと瞬く澄んだ瞳が恨めしくってしょうがない。
――まるで、獣の交わりだ。
唇しか喰われていないのに、身の全てを犯されているような錯覚を覚えるばかり。
「ッ、ぁ、……!」
ぬるり、と侵入してきた生暖かい感触に、びくりと肩が跳ね上がる。風耶のぬるい舌先が歯列を割って、口腔内を我が物顔で蹂躙していく。対する緋ヶ谷は舌を小さく縮こめて必死に居留守を試みていたのだが、やがて観念したようにおずおずと差し出せば、待っていましたと言わんばかりにと吸い付かれて、そのまま風耶の口に収まってしまった。
「っふ、ァ”、っ♡」
ざらついた粘膜同士が擦れ合うたび、びく、びく、と腰が跳ねて、胎の中が甘く痺れる。念入りに殺したはずの熟れた熱が、また身体の奥底で燻りだす。
そんな緋ヶ谷の怯えた逃げ腰を捕まえて、風耶はぐっと己の間合いに引き寄せる。その時、ベッドボードにぶつけないようにと後頭部に差し込まれた手が、許しはしないと確かな執着を滲ませていた。
「ん、ッ…、ぉ、ふ……」
酸素を求めて喘げば、すかさず呼吸ごと呑み込まれて、舌先を強く噛まれる。その痛みさえ快感にすり替わって、身体中がひっきりなしに痙攣する。くったりと開いた壮健な、甘い褐色の太腿があわれに弱々しく跳ね上がるさまを、愉悦に満ちた金の双眼が見下ろしている。
「ぅん、……ぷ、はッ♡」
ぐちゅ、とわざとらしく大きな音をたててようやく解放された頃には、緋ヶ谷の呼吸はすっかり上がってしまっていて、頬も目尻も赤く染まっていた。はしたなく、物足りなさそうに腰が擦り付けられる。
「ン、……っ」
そんな緋ヶ谷の媚態に満足そうに目を細めて、風耶はまた、口を開けた。
◆
チュン、と雀のなく音に、緋ヶ谷のまつ毛が震える。視界の隙間に朝のひかりが差し込んできて、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
「……、ッいて」
ぴり、となにかが干渉したような痛みに顔をしかめ、肩口から項を撫でると、いくつかやや円形に痛む箇所がある。
おそらく、昨日に噛まれた痕があざにでもなっているのだろう。
「……」
緋ヶ谷は小さくため息をつくと、そろりと起き上がった。てきぱきと朝の支度をして、大学に向かう準備をする。八時になっても連絡がなさそうなら、また風耶宅に向かって起こしに行くか。
とりあえずと昨日の余り物と冷やしご飯を引きずり出し、鍋やらレンジに掛けて加熱し、その間に顔を洗って髪をとかして、くくる。
――そういえば、近いうちにレポート提出があったはずだ。早めに取り掛からないと間に合わないかもしれない。
「はあ」
なんだか今日も忙しいぞ、と思いつつしっかりと決まった自分の表情を見てややテンションを上げてから台所に戻る。
今日は流石にセーターでも着ていくかと、残ってしまった噛み跡を気にして。
◆
じい、っとこちらを見る熱視線に辟易して、無愛想に目線を寄越す。物珍しそうな顔をした風耶がこちらを見ていたので、厭うように目を逸らした。
「緋ヶ谷さん、なんだかおしゃれしてますね」
「誰のせいだと思ってんだ」
学食のプレートをつつきながら、緋ヶ谷は目の前の男の、いつも通りシンプルにパーカーとかTシャツを着た下の、……情痕――なんだかんだ乗り気だった緋ヶ谷がゆうべにつけたものだ――に、眉をしかめた。
「お前は無関心すぎ」
「お洋服選びの上手なあなたと違って、私これしか持ってないんですもの」
皮肉めいた言い方に、緋ヶ谷はさらに眉間のシワを深めて、苛立ち紛れに白身魚を頬張る。
「…なんつうかさ、お前せめて噛むのはやめろよ」
「好きでやってるわけじゃないです」
「……じゃあなんで?」
「なんだか、美味しそうにみえるのでつい」
そう言って、風耶は吸い物の椀から話した唇を、舐める。その仕草が妙に艶めかしくて、緋ヶ谷は思わず箸をとめてしまった。
「……オレは食べ物じゃないぜ」
「よく知ってます。まぁ、人間の欲望が極限に達したみたいな、……反射ですよ」
――あるいは、些か強すぎる独占欲の表れか。昼間の光のなかでも衰えぬ凄艶な瞳に気圧されて、緋ヶ谷は言葉を失う。
「……それとも、もっと別の理由が欲しいんですか」
風耶が、小鉢をつまんで口に運ぶ。ちらりと悪戯っぽく覗いた舌先に、ぞくりと緋ヶ谷の背筋が粟立った。
「……ッばーか!」
粗雑に誤魔化して、乱暴に箸を動かした。目の前の男は、薄ら笑みを崩さぬまま、香る悪食に嘘をつくように綺麗な所作で食事を片付ける。
――ああ、本当に、こいつは厄介だ!
◆
「しませんか」
「……今日?」
「はい」
講義の終わり際、今日は珍しく練習や時間のいる実験等の要件が入らず揃って帰路につく準備をしていた緋ヶ谷に、悪魔が微笑んだ。
「なんかここ最近乗り気じゃねえか?」
「私がしたいわけではないんですけど」
――どういうことだ、と首を傾げる緋ヶ谷をよそに、風耶はボックスリュックを肩にかけて席を立つ。
「今日のお昼、お話してた時に貴方がそんな顔をしていたので」
どうせなら関係を持ったよしみで、発散させてやるのがつとめだろう――デリカシーのかけらもない理由で薄く笑んで誘う風耶に、緋ヶ谷は頬を熱が駆け上がる感覚を覚えた。
「ふふふ」
反論の手札もなく、ただ真っ赤な顔で押し黙ってこちらを見るいじらしい視線にからからと笑って、風耶は講堂の教室を後にする。スタスタとややぶっきらぼうについてくる友人を後ろに認めて、リュックを背負い直す。
「真っ赤なままお外に出たら悪い人に襲われちゃいますよ」
「わざわざこんな奴に目をつけるのなんかお前しかいないだろ」
「どうだか。案外自分より強い人間を下したいと考える人も少なくはないんですよ」
私みたいに、と言いたげに微笑む風耶に、緋ヶ谷は小さくため息をついて隣に並ぶ。そのまま二人は並んで、人気のない夕暮れ時のキャンパスを歩く。
一二月初頭の寒空、ジャケットを引き寄せて寒がる緋ヶ谷の横顔を、風耶がじっと見つめている。
視線に気づいてそちらを見ると、風耶はなんでもないように目線を逸らして、それからまた緋ヶ谷の顔を見上げた。
「なんだよ」
「見とれてただけです」
世辞だとしてもさらりと気障なセリフを言ってのける風耶の表情にやや、肩を竦めながら歩けば、突然携帯の通知音が鳴り響く。
「あ、」
スマートフォンを取り出した緋ヶ谷を、足を止めて後ろ目に見たらば「彼女」と題された人間とのメッセージを開いているように見えた。
「すまん、彼女が泊まりたいって……」
「断りなさい」
「は、」
珍しく――きっぱりとした口調に、緋ヶ谷は目を丸くした。
「〝先約〟がいます」
「それは、今度でもいいだろ」
「…ふうん、」
ぞっとするほど冷ややかな声音に、びくりと大袈裟なほど緋ヶ谷は肩を震わせた。振り向いた先の風耶の表情は、気だるげにこそ見えるが読めない圧を滲ませている。
「数年付き合いのある友人より、貴方はぽっと出の女をとるんですね」
心底失望した、というような言葉をこぼしたっきり、足を早めて横を抜けていく風耶を思わず放心顔で見つめたのち、我に返った緋ヶ谷は慌てて手元の携帯と、風耶を交互に見て、駆け出す。
「風耶、」
横に来て、呼びかけた程度じゃ目線もくれない風耶に焦って、よろけるように前に出て、見つめる。ようやく向いた瞳は、凄艶であれどずうっと――彼にとって〝友人では無い相手〟に向けられるような――冷たい温度を保っており、戦慄く心臓の音が一層まして緋ヶ谷の耳元で鳴り叫ぶ。
「なんです」
「……あ、いや、断った…から…」
おどおどと、不安げに大きな背を丸める緋ヶ谷をじいっと眺めてから、風耶はその口許にふっと薄く笑みを浮かべた。
聞き分けのいい赤ん坊をあやすように、いつもより若干低い位置にある頭を、やや背伸びして撫でる。
「よく出来ました、貴方はかしこいひとですね」
そうできるところ、好きですよ。緋ヶ谷を見つめて離さない白癡美が語る言葉を心の隙間につぎ込みながら、緋ヶ谷はありもしない理由を使って恋人の用事を蹴った後ろめたさに蓋をした。
――自分が選択を間違えない限り、己を捨てはしない人間がそこにいる。惚れた弱みを差し引いても、この美しい目の照らすところが冷え込む感覚は、耐えがたい。
「そういえば、そろそろゴムの残りが少なくなってきちゃったので帰りしな買ってきませんか」
「ああ、うん」
「じゃあ、よろしくお願いします」
とん、とあやす様に背中を叩かれ、緋ヶ谷は動きを止める。
「お前は?」
「責任負いたくないので待ってます」
「そういうところだぞ」
やわく、咎めるように緋ヶ谷がため息をついて、風耶を半ば引きずるようにコンビニへ連れ込む。実力行使だと風耶がわめく横で連帯責任だとかと緋ヶ谷が言い合いしながら店内を回っていく。
「緋ヶ谷さぁん」
「買うなら自分で払えよ」
さり気にカロリーブロックと飲料を片手に笑顔を浮かべる風耶を軽くあしらいつつ、レジに並んで会計を早めに済ませ、店員の顔を見上げないうちに退店した。
「……暫くあのコンビニ使えねえな」
「どうして?」
「いやさぁ」
分かるだろ、とむすくれる緋ヶ谷に、風耶はえぇ、と素知らぬ顔で首を傾げる。
「別に置いてあるものを買っただけですし、内容は気にしなくてもいいと思うんですけど」
「普通気にする」
「世間様が気にするようなものならあんな子供も触れる低い棚に置いてないでしょう」
ごもっとも、なのだが。釈然としない顔で歩く緋ヶ谷に、くすりと笑いをこぼして、風耶はその手を取った。
ぐいと引かれた腕に、思わず足を止めそうになって、ややもつれながらも歩き出す。
「なんか機嫌いいな」
「そうでしょうか」
鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌さを隠そうともせず、隣に寄り添って歩く風耶をちらりと盗み見て、緋ヶ谷は苦笑した。普段、何を考えているのか分からない顔をしているのに、たまにびっくりするほど正直に嬉しそうにしたり、むすくれていたりして可愛いやつだな、と思う。――言うと締められそうなのであくまで思うだけ。
ほどなく、緋ヶ谷の自宅に踏み込んで扉を閉める。流れるような動きで冷蔵庫を物色しに行こうとする風耶をつまみ上げて階段を上がり、自室へと引きずり込んだ。
「準備してくる」
手早く上着とバッグだけ布団にやってから、ほんのりと頬に赤みをのせた緋ヶ谷が部屋を後にする。それをひらひらと手を振って見送った風耶は、ふと緋ヶ谷のバッグを漁って、携帯を取りだした。指紋認証式のロックがかかっていたが、何度か触ってパスロックの画面を引きずり出し本人の生年月日を入力して、解除する。……相変わらずこのセキュリティ感覚はどうなのかと鼻で笑って、先程気にかけていたらしいメッセージアプリを開く。
「(また)」
断ったのは本当だったようで、サークルの友人に飲み会に誘われて断れない、という当たり障りのない内容――おそらく共通の友人らしい名前も出して――いるようだが、その後から相手からのひっきりなしの毒吐きが続く。
性格柄、緋ヶ谷はこういう精神的に不安定な女性に捕まりがちだ。友人やスポーツチームの仲間は傍から見ていてもあれほど毒気のなさそうな人間ばかりだと言うのに、女難の相でも出ているんじゃないかとおもしろくなった。
未だに更新の続くメッセージの画面を閉じて、サイレントモードに設定してやった携帯を元の場所に戻してから、ベッドに寝転ぶ。風耶にとって、争いに負けた敗者の恨み言など邪魔でしかない。緋ヶ谷の心のありかは結局つまらない女の卵巣などではなく、風耶にあると証明されたのだから。
ぱたぱたと子供っぽく足を暇にして待っていると、部屋の扉ががちゃり、と鳴いて、寝巻きだろうシャツとボトムスを着た緋ヶ谷が入ってきた。
「くつろいでんな」
「ほとんど私の部屋みたいなものですよ」
体を起こして、風耶が目配せをするとその通りに緋ヶ谷がベッドへとあがって――すこし躊躇を見せたが――とす、と向かい合うように転がる。
「どうせ脱ぐんですからそのまま来ればよかったのに」
「恥ずかしいだろうが」
緋ヶ谷が照れ隠しのように、ばさっとTシャツを脱ぎ捨てると、鍛えられた身体が露わになる。その肉体美にほう、と息をついて、風耶が指先でなぞった。
「相変わらず綺麗な造形してますよね」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
――最初、緋ヶ谷は「こう言ったものは衝撃に強い大柄な方が下になるべきだ」という風耶の甘言を丸呑みにして抱かれた。
が、後々もっともな理由をつけて自分より体格や膂力のある緋ヶ谷を下に敷き、さらには八方美人で笑顔ばかりの仮面を引き剥がしてやって、嫌がる顔をいっとうの特等席で見ながら抱いてやりたい――という、風耶の中々な趣味に付き合わされていたことを知り、まあまあ難儀な相手に惚れたものだと緋ヶ谷は嘆いたものだ。
「褒めてしかいないんですけど、貶しに取られる要素ありました?」
風耶の微笑む瞳に滲む、限りない好奇と執着の色に、緋ヶ谷の背筋をぞくりと震えが走る。
「……お前って、ほんっといい性格してんな」
「自分より小さく弱い個体にしか興味を抱けない大半の人をつまらなく思っているだけです」
「そういうとこだと思うけどな」
呆れたような緋ヶ谷の言葉には答えず、風耶はその唇を塞いで、ゆっくりと押し倒す。髪留めのほどかれた緋ヶ谷の長い赤髪が、優美にシーツへ広がる様に目を細める。
たわわに実った健康的な褐色の胸に指をはわせ、風耶はゆるりと柔らかく揉みしだく。女のそれよりはやはり劣るが、力の入っていない胸筋というのはそこそこに柔らかいものである。
「ふ、……んぅ……」
鼻にかかった甘い声をあげる緋ヶ谷を眺めつつ、風耶はぷくりと膨らんだいじらしい突起を親指の腹で撫ぜた。びくん! と緋ヶ谷の腰が跳ね上がる。
「あ、ッ♡」
「おや、…ふふ、急に触ったからびっくりしちゃったんですね」
あやす様にふっくらと張った乳頭を人差し指でくるくると刺激してやる。刺激に正直な緋ヶ谷の身体は、その度ひくひくと壮健な太腿を震わせ、足でシーツをたぐり寄せるようにして耐える。
「……ン、やめろ、それ」
「ふふ、嫌、じゃなくて好き、って言うんですよ」
そう言って、風耶は凄艶を浮かべたまま、暇になっていたもう片方の乳頭を口に含み、唾液を絡ませる。
「ひっ!?」
じゅる、とわざと音を立てて吸い上げれば緋ヶ谷は腰を浮かせて悶える。風耶の口内で弄ばれる度にぴりぴりした快感が脳髄に走り、緋ヶ谷の思考を奪っていく。
「あっ、ぅ〝…ッ、んぁ、ア〟、ッぁああ……!」
舌先で弾かれるように舐められてしまえばもう駄目だった。じんわりとした熱が身体の中心に集まってきて、じくじくと膿んでいく感覚に、緋ヶ谷は身を捩らせる。
「ひッ……ァ、ア"ッ! ♡ ~~ッぅう、ン…ッ!!」
「ん、」
ちゅぽん、と音を立てて口を離すと、名残惜しげに銀の糸が引いて、緋ヶ谷の胸元へと垂れ落ちる。風耶は緋ヶ谷の下半身へと手を伸ばし、下着越しにすっかり勃ち上がった陰茎を指で撫でて愛でる。
「元気ですねえ」
「元気にもなるだろ」
もどかしそうな表情の緋ヶ谷を、まじまじと覗き込むように顔を近づけて風耶が微笑む。観察しているような視線に、恥じた緋ヶ谷の顔が赤く染まる。
「何だよ」
「いえ」
先走りで湿った布地の上から先端を擦られ、緋ヶ谷が息を飲む。そのまま裏筋を強くなぞられて、緋ヶ谷の喉奥からはか細い悲鳴が漏れた。
「っあ、……ン、ぅ」
緋ヶ谷の身体をまさぐる風耶の手つきは、まるでその肌を味わうかのようであり、しかし決定的な快楽は与えない。焦らすような触れ方に、緋ヶ谷が精悍な眉根を寄せ、切なげに吐息を漏らす。
「なあ、風耶」
「はい?」
「……焦らすの、やだ」
風耶の手に自分の手を添えながら、緋ヶ谷は羞恥に耐えて言葉を紡ぐ。それにゆるりと指を絡め返して、微笑む風耶の表情に愉悦が混じった。
「そう」
「あ、……ッ♡」
するりと緋ヶ谷の股間をひと撫でして、それから、ようやく風耶は緋ヶ谷の下着を脱がせる。露わになった緋ヶ谷の雄は既に天を仰いでおり、緋ヶ谷が興奮していることを示していた。
見た目の体格相応の、血管の浮き出た太い幹を握り込み、上下に扱き始めると、緋ヶ谷が悩ましげな声をあげて腰を揺らす。
親指の腹で亀頭をぐりっと押し込んでやると、透明な体液が溢れ出す。それを塗り込めるようにして竿全体に広げて、滑りが良くなったところで激しく責め立てる。
鈴口から溢れるカウパーが風耶の指の動きを滑らかにし、それが余計に緋ヶ谷を追い詰める。
「ぅ、ア、ん〝ぅう……ッ! ふ、……ぅ〟、……ッ!」
「声、我慢しない方がいいですよ」
「ん、ん”……! ♡ ……~~っは、ちょ、っとまて…、それ、ゃば……ッ」
絶頂が近いのか、ぶるぶると太腿を震わせている緋ヶ谷の制止の声を無視して、風耶は更に動きを早めた。
「……ッ! ぅ、あ、ぁ”あッ! ♡ イく、……ッ!」
びゅく、と勢いよく白濁を吐き出した緋ヶ谷が、射精後の倦怠感に身体を弛緩させる。
「……は、ぁ…」
「そういえば、これ最後に使ったのいつですか」
手持ち無沙汰にその――風耶に抱かれている時は〝無用の長物〟と化すそれ――を指で持ち上げて、風耶は問いかける。
「三日くらい前」
「意外と長続きしてるんですね」
「お前のせいでまたフラれそうだけどな」
「緋ヶ谷さんって顔も器量もいいんですから、わざわざあんな不良個体に落ち着いてやる義理もないでしょう」
子供っぽく拗ねる緋ヶ谷に、風耶が呆れたように言う。
「オレさ、女の子に向かって最初に身売りして稼げとか教えた奴とか、環境が殴りたいほどキライなんだよ」
「だから、あんまり心休まる暇なくてもオレといる時くらいは休まってほしいと思ってるんだけどな」
「……恋愛すら人助け感覚でやってるんじゃフラれて当然ですよ」
「メンヘラって上辺に偽善浮かべてても中身は不安定なひどい利己主義そのものなんですから」
ぱき、と潤滑剤の蓋を開けて、風耶はそれを掌の上に広げる。
ぬらぬらと光るそれを眺めながら、風耶は「どうせなら」と呟いた。
「悪戯に利他心を無駄にするくらいなら、私と付き合えばいいのに」
「本末転倒すぎねえか」
「貴方が世話してくれるなら私は部屋の移動すらも捨てますし、精神的にも強い方なので多少遊ばれたって気にしません」
そう、こちらに笑む金環に緋ヶ谷の心臓がたやすく跳ね上がる。それにすっかり魅了されきっていた体が、それだけで熱を吹き上げて、抱かれる準備を整えてしまった。
「そもそも、女の子遊びを許せないほど心臓弱かったら、今頃緋ヶ谷さんを四肢切断して家に〝設置〟してます」
「……さすがに嘘だよな」
「どうでしょう」
曖昧に微笑む風耶の表情に肩をすくめてから、緋ヶ谷はゆっくりと太腿を開く。精悍な肉体の奥底で、熟れた胎内が期待してやまない。
ローションを纏った風耶の指先が、後孔にそっと触れる。
まず一本だけ挿入されたそれは、浅いところをぐるりとなぞり、それから、徐々に深く入り込んでいく。
既に緋ヶ谷のそこは、風耶によって幾度も暴かれ、その度に快楽を叩き込まれている。前立腺を掠めるだけで、緋ヶ谷の腰が無意識のうちに揺れ始めた。
「ふ、…ッ♡」
待ちきれない様子で身を捩らせる緋ヶ谷の姿に、風耶はくすりと笑って、それから二本目の指を差し込んだ。
「ひ、~~っ!? ぁ”、う……!」
緋ヶ谷の背筋が反る。それを宥めつつ、指先で中を拡げるようにして、冷めやらぬうちにしこりを見つけて苛む。
「ぅ、あ、…! ッぐ、ぅう…、! ♡」
ばらばらに泣きどころを叩かれて身体を震わせる緋ヶ谷に、かまわず風耶は容赦なく責め立てる。
緩急をつけるように、今度は指先を折り曲げて、腸壁を擦るように優しく撫ぜれば、ぎゅうっと内壁に締め付けられた。
「っは、ぁ”……! ♡ ぅ、おま、え、ほんと、……ッ!」
「気持ちよさそうですね」
「ん、ぅ”……!」
否定するように首を横に振る緋ヶ谷だが、その反応とは裏腹に、肩口は紅潮し、精悍な眉を歪めてあられもなく快楽に身をやつしている。
「ふふ、……素直になれないと後々困りますよ」
風耶の瞳が細められ、それと同時に、中の指の動きが激しくなる。
「あ〝……ッ!? ぁ〟あー……っ! ♡」
がく、と身体が震えて、緋ヶ谷の視界が白んだ。
「……、ッ! ♡ …~~ッ♡」
びく、と広い背を丸めて断続的に身体を痙攣させながら絶頂する緋ヶ谷を見下ろして、風耶が笑う。
「ほんとに女の子抱けてるんですか」
「……ッ、わざわざ、ケツなんか触りに来る子いねえし…」
「一人でする時、ちゃんと前だけで出せます?」
揶揄するような声音に、しかし緋ヶ谷は挑発的に微笑んだ。
「は、…まだそこまで堕ちてねぇよ」
強情な様を見て満足げに微笑み、風耶は、再び指を動かし始めた。すっかり懐いた媚肉が、風耶の骨ばった白い指に絡みついて、搾り取らんと蠕動するさまを愉しむように責める。
「……つか、準備するついでに、ッ慣らして…きたん、だけど」
「他人の準備をぶち壊すのが趣味の人間にそれ言ったってねえ」
にこ、と目を配る性悪に緋ヶ谷は呆れて肩をすくめた。
「自覚はあるんだな」
「ふふ」
肉の隙間を撫でてやり、気まぐれに前立腺を叩いてやる。途端、きつく指を食い締め、それを恥じるように緋ヶ谷が顔を俯けて感じ入る様を、覗き込んでじっと眺める。
「……んだよ、」
そのまま何も言わないでおいて、緋ヶ谷が不満げな顔をした瞬間に、ごり、と強めにしこりを押し潰してやった。
「ッぉ”!? ♡」
喉仏を突き出すようにして仰け反った緋ヶ谷の首元にここぞと噛みつき、やわやわと歯を食い込ませて痕を残す。噛まれる痛みすら、急激に高ぶらされた体には善く感じてしまうようで、きゅうと甘く声帯のなく音がした。
「あ”……ッ! ♡」
「噛まれたくらいでこんなによがっちゃって、かわいいですね」
あやす様に囁かれているというのに、胎内では遠慮なしに指が暴れ回る。思わず耐えようと緋ヶ谷が首を振ると、くすくすと笑って風耶はその目元に口付けた。――それすら様になる凄艶に、屈服した身体は素直に悦楽を拾って、くねる。
「ァ〝、ぅお〟……ッ、♡」
「気持ちいいですか?」
「っ、……」
答えられずにいる緋ヶ谷を追い詰めるよう、前立腺を強く押し込まれ、緋ヶ谷は低く鳴いて、体をこわばらせる。それでも風耶は執拗にそこばかりを攻め立てる。
「ひぐ、ッ! ♡ ぃ、ぁ”あ…ッ! ♡」
「ちゃんと答えてくれないと、困っちゃうんですよね」
「ぅ、う……~ッ! ♡」
「私、あなたを痛めつけたくて抱いてるわけじゃありませんで」
耳を食まれ、吐息を吹き込まれる。ぞくりと背筋を這い上がる快感に、緋ヶ谷は身を震わせた。ぱちぱちと甘くスパークが走る中、ふわついた手の動きで風耶の肩を掴んで、引き寄せる。
「ッなぁ、も、いいだろ…! いれてくれ、ほしい……ッ! ♡」
懇願する、涙でひかる蜂蜜色の瞳に、ふっと緩んだように笑って風耶は指を引き抜き、スキンの封を切った。
快楽に急いた緋ヶ谷が何度か待ちきれず手を風耶の方に伸ばしてきたがそれをよけて、薄い膜に覆われた雄を鍛えあがった臀の合間に押し付ける。
「ぁ”、……♡」
期待するようにきゅうきゅうと赤く色づいた後孔が収縮するのを見てとってから、腰をゆっくりと――また、焦らすように――推し進める。望んでいた熱に歓喜する胎を味わうように、じわりと犯していく。
「ん、ぅ”お、……~~ッ! ♡」
震えながらシーツを握りしめ、ぎゅ、ときつく目を閉じて、眉根を寄せる緋ヶ谷のその様子に風耶が微笑む。
「ほしかったの、入れてもらって嬉しいですね」
朱色の髪を指でつくろいつつ耳元で嘯けば、壊れてしまったように緋ヶ谷は何度も頷いて、汗ばんで艷めく優美な肉体を晒して悶える。褐色の肌でも分かりやすいほど濃いフラッシュが豊かな胸筋から肩口にかかっていて、なんとも筆舌に尽くし難い淫猥な光景を見せる。
「ぁ、あ”……ッ! やべぇ、これ、ヤバい……!」
「いたくないですか」
「ッ、すげえ、きもち、ぃ……ッ! ♡」
「そうですか、…それは良かったです」
にこ、と微笑む瞳に先程の鋭さがない代わり、より強く執着が反射しているさまに緋ヶ谷は殊更の悦をおぼえ、犬のように飼い慣らされた脳髄が恋と錯覚するほどの感覚をもたらす。ここまでぐずぐずに溶けた緋ヶ谷の瞳には、先程から風耶の姿と、それが認める己の愛らしい痴態しか入っていなかった。
「並の女の子に胸張れるぐらい、もっと気持ちよくなりましょうね」
「っふ、……♡」
甘ったるく笑みをこぼした緋ヶ谷がこくりと小さく首肯すると、満足げな顔で風耶がゆるりと律動を始める。
「ぁ、あ”……ッ! ♡」
「ここ、好きですよね」
「ぅ、ン”……ッ! ♡」
「ほら、言ってください」
「すき、好きだ、ッ! そこ好き……ッ♡」
「……ふふ、素直で可愛いですね」
褒められると、まるで本当に女になったかのようにきゅうきゅうと胎が疼いて、歓びを吹き上げる。口寂しくなってキスをねだれば、顔を近づけてくれる風耶に唇を食まれ、ちゅう、と甘く吸われる。そのまま口内に侵入してきた熱い舌に自分のものを絡めると、応えるように優しく歯を立てられて、思わず甘い声が漏れてしまう。
「んぅ、う”……ッ♡」
自分の体から絶え間なく響く水音に身体を震わせ、愛しい熱塊が容赦なく媚肉をこじ開ける快に視界を何度も白ませて、緋ヶ谷は悦楽を享受する。いつの間にか腰を掴む手は、逃さないというように力強くなっていた。
「あ〝、ぁあ〟……ッ! ♡ はぁ、ッ! ♡」
口が満たされれば今度は胸が寂しくなってしまって、ぎゅうと発達したたわわな胸筋を風耶に押し付ける。わがままな子供を世話するように、腰を使われる合間にゆるりと乳頭を虐められて、多幸感ばかりが身体を満たす。
「ぁ、あ”~ッ! ♡ ちくび、きもちぃ……ッ! ♡」
「それなら嬉しいです」
「ひぐ、ゥう”……~~ッ! ♡」
ぴん、と搾るように乳頭を引っ張られながら、容赦なく前立腺を叩きつけられるとそれだけで視界に閃光が咲いて、達してしまう。
「は、ぁ……ッ♡ ぁ、あ……ッ! ♡」
絶頂の余韻に浸る間もなく、また、快楽に突き落とされる。
「まだ、終わりじゃないですよ」
「ふぁ、ぁああ”ァ……ッ!! ♡」
嬉しがるようにうねる胎をかき分けて、最奥まで貫かれると、目の前が真っ白になるほどの法悦が襲ってくる。
「ぁ”ッ! ♡ おく、きもち……ッ! ♡」
「……ッ、」
きゅう、と雄膣が絡みつく感覚に、風耶が息を詰める。耐えきれずに、仰け反って晒された目の前の喉に噛み付けば、声にならない音を上げて緋ヶ谷が達し、びくびくと細かに腹筋を震わせて鳴いた。
「へ、ェ”え…~~ッ♡♡」
「は、…」
ぴんと舌を突き出して達している緋ヶ谷を全く考慮せず、ゆっくりと雄を引き抜いていく。痙攣しっぱなしの胎内を逆行されるのすら過ぎた快感のようで、かひゅ、と緋ヶ谷が呼吸を忘れそうになる度唇を押し付けて息を継いでやる。
「これ、叩き込んだら流石の緋ヶ谷さんも壊れちゃいますかね」
「…ぁ”、…ッ?? ♡」
なんだか様子がおかしいことにやっと気づいた緋ヶ谷がとろとろと頭にはてなマークを浮かべ出したあたりで、ぐっと腰骨を掴む。
「…聞こえてなさそうだし、いいかな」
「ぇ、あ……? ♡ …――あ、風耶、やめ」
我に返って、一瞬引きつった笑みを浮かべた緋ヶ谷の雄膣に、がつ、と、勢いよく楔を打ち込めば、濁った喘ぎと共に緋ヶ谷の背が弓なりにしなって、派手に痙攣して達し、ぎゅうと精を搾るべく媚肉が食い締まる。
「ひ――ッ!? ♡ お〝、ぉ〟ォお〝お〟、~~ッ!? ♡♡」
無意識に暴れる緋ヶ谷の太腿を、柔くなだめて己の腰に寄せてやればぎゅうと縋るように絡みついて震える。限界を超えて喘ぐ緋ヶ谷の胎内を、しかし風耶は全く意に介さず、容赦なく抽挿を再開する。
「ぁ〝、ぁ〟、あ〝あ〟……ッ!? イ、っでる、い、ま、イッてるから〝ぁ〟……~~ッ! ♡」
「もうすこしですから、頑張って…」
「んな、むせきに、ん〝ッ、な〟……ッ!! ♡」
がつがつと腰を叩きつけられる過ぎた快楽にぼろぼろと涙を流して緋ヶ谷は首を振り、子供のようにぐずる。その様を見て、ぽたりと風耶の頬から――この冷血にしては珍しく――汗が滴ったのを追いかけるように、鎖骨に歯がくい込み、緋ヶ谷が呻いて歓んだ。
「ぁ〝♡、ぁ〟ッ、ん〝ッ!? 、ぅ〟おッ、お”…~ッ! ♡」
「は、…緋ヶ谷さん」
やや、舌足らずに発される凄艶に興奮を掻き立てられるまま、緋ヶ谷はぐっと腰を抱きしめる足の力を強め、奥へ奥へと導いていく。
「ぁ〝、あ〟、あ”……~~ッ! ♡♡」
「は、……ッ」
ごちゅり、と音が聞こえるほど深く穿たれると、最早緋ヶ谷の視界には星が散るばかりで何も見えなくなる。そのままぐりぐりと押し潰されて、意識を手放そうとした瞬間に引き抜かれて。また叩き込まれるのを繰り返し、脳髄が痺れて、蕩けて、真っ白になる。
「ッッ!? ぁ゛ッ♡あ゛~~~ッ! ――ぉお゛ッッ!? ♡」
「ッ、ふ……!」
絶頂を極めると同時に、喉元に一際強く噛みつかれ、それにすら感じ入ってまた達する。
「は、ェ”……~~ッ! ♡」
胎のなかで、雄が何度かふくれる感覚を脳髄に焼き付けながら――あろうことか、緋ヶ谷は意識を落とした。
「緋ヶ谷さん、いきてますか」
とろとろと惰性で絡みつく肉から雄を引き抜いて、風耶が覗き込むように顔を見る。緋ヶ谷は目を閉じてややぐったりとしており、気でも飛ばしてしまったように――やや乱れた呼吸で――眠りについているようだ。
「私よりずっと体力あるでしょうに、珍しい」
「…………」
返事がない。……ただの屍のよう、とは言うまい。風耶は緋ヶ谷の頬を軽く叩いて起こしにかかるが、起きる気配はなかった。
「ふむ…」
しばらく横で寝顔を眺めていたが、ふと思い立った風耶は雑にベッド横によけられていた緋ヶ谷の携帯を取り出す。パスワードはともかくとして、件のメッセージアプリを開き、彼女を名乗る人物のメンヘラポエムには一切目をくれず――カメラがぱしゃり、と音を立てた。添付予定の画像に(とりあえず腹の上に縛ったスキンを乗せておくなどした)、ぐったりと気をやっている緋ヶ谷の画像があることを確認し、あとは少し文字を打ち込んだ後、送信した。
送信が確認できた風耶は薄ら笑いをうかべ、トークルームを消去して、カバンの中の元々の位置にしまい込む。
そうして何事も無かったかのように布団を被せ、自身も隣に潜り込んで、風耶は眠ることにする。
翌日。
「おはようございます、緋ヶ谷さん」
「……ん、」
緋ヶ谷が目覚めると、既に日は高く昇っていた。昨日あれだけやったせいで腰は虫の息だが、生きてはいたらしい。
「…やべ、講義」
「今日の緋ヶ谷さんは午後にあるみたいですね。私は休みました」
「必修なかった?」
「あってもこの時間ですもの」
肩をすくめる風耶につられて時計を見れば、十時半を指していた。
ため息をつきつつ、ちらと己の首筋に触れると、また痣になったいくつもの歯型があるようで、その感覚に黙り込んでいると、風耶がくすりと笑う。
「減るものでもないでしょうに」
「そういう問題じゃねーんだよ……」
ごろりと起き上がるなり半裸でクローゼットを漁り出す緋ヶ谷を眺めながら、射し込むあたたかな朝日に風耶は目を閉じる。
「そのまま寝るなよ」
「わかってます」
緋ヶ谷の小言を右から左へ受け流しながら、うとうとと身体を揺らす風耶に嘆息して、取り出した布を持って隣に雑に腰かけてやる。
「わ」
「気持ちはわかるけどな。……ちょっと軽くでも食べた方がいいだろ。なんか作るけど」
着替えの合間にそう聞くと、うーんと首を傾げて「甘いもの」と答える。
「朝から?」
「それかごはん。……吸収効率いいので」
「食事に効率論持ち込むともの食うの楽しくなくなるぜ」
と言って風耶を引きずるように一階に降り、洗顔など済ませた後に、軽くになるがと冷蔵庫からいくつか取り出しててきぱきと朝食を作り始める緋ヶ谷の背を、ぼんやりと眺めている。
時たま、(――というかほぼ毎日)風耶が構わず遅くまで寝ていて大学への出席を渋る時なんかにあれこれ文句をつけながら手製の弁当を渡してくれる時がある。基本的に食事の手間を面倒がりがちな風耶にとって、そういう日は時間をとると喜んでいない節もあるものの――まともに食事をとると、それはそれで機嫌が向上するものである。緋ヶ谷の作る料理は、単純に好きだった。
「時間ないから雑だけど」
と、卵とレタスがなみなみ詰まったテーブルロールのサンド、ゆで野菜のツナ和え、カットされたりんごが出てきて風耶がひそかに目を輝かせたのにふっと緋ヶ谷も嬉しそうに笑みを浮かべた。
「いただきます」
「どうぞ」
もそもそとパンを齧っている風耶を眺めつつ、緋ヶ谷は自分の分を頬張る。
「……緋ヶ谷さん、なんかちょっと多いのでは?」
「鍛えてるもんだから、エネルギー必要なんだよ」
全体的に三割増程度の量を口に運びつつ緋ヶ谷がそういうのを、ふうん、と受け流して風耶はサラダに手をつける。
「というか、時間がないといいつつこの量出せるのは普通にすごいんじゃないですか」
「米炊く時間なかったからパンにしちまったし、あと野菜とかは作り置きだよ。何でもかんでも一から作ってたら時間かかるだろ?」
「へえ……生まれてこのかた複数品目出たことがあんまりない生活してたので分かりませんが」
「パンひと袋とかだと栄養偏るぞ」
「うちは、大体大雑把な人間しかいなかったもので」
ゆるりと、肩をすくめて風耶は食事に集中する。緋ヶ谷も、自身の分の食事をさっさと食べ終えると、食器を流しに置いて、風耶の隣に座った。
「……つか、午後から出ないといけないのも暇だな」
「あそびます? 恋人みたいに」
「言ってろ」
苦笑いしつつ、緋ヶ谷は、はたと気づいてテーブル上のスマートフォンを取り出した。いくらか、操作をした後に怪訝そうに首を傾げる緋ヶ谷に、風耶がわざとらしく覗き込む。
「あいつのアカウント、消えてね?」
「あらら」
メッセージアプリの友達欄から、トークルームにもいなくなってしまったあの、薄ぼやけた加工のアイコン。焦った様子で緋ヶ谷が他のアプリも漁って探すが、その気配はなくやがて肩を落として項垂れた。
「……」
「……どうしちゃったんでしょうね、彼女さん」
「危ないことしてなきゃいいけどな……後で家行ってみるよ」
コーヒーカップを手繰り寄せてため息をつく緋ヶ谷の広い背を、手持ち無沙汰に手でさすってやりながら風耶は緋ヶ谷に寄り添うように身体を傾ける。
「……慰めてんのか?」
「きっかけを作った側といえどね」
そう、くすくすと含み笑いを浮かべる凄艶に、思わず飼い慣らされた緋ヶ谷の心臓がどくりと跳ねた。
あとがきなど
個人的に過去最高の出来かも。